100万回転生した勇者は引退したい~女神の使徒とやらに任命されて幾星霜。何度も世界を救ってきた俺がいい加減隠居したいとチート能力なしで元の現代日本に転生させてもらったのに何やら様子がおかしい!?~

源朝浪(みなもとのともなみ)

肝心の100万回目の転生に失敗した男

第一章 凡人になれなかった

第一話 99万9999回世界を救った男、最後の転生をする

 99万9999回目の転生先――アールズリンド。


 神魔暦1743年。魔大陸、某所。


「ほう、貴様が人間どもの間で勇者と称えられている男か。まだ若いようだが――

ぐわ~!」


 この世界アールズリンドに転生してから、20年。世界の均衡を司る女神オルフェリーゼの使徒である俺は、彼女のめいにより、魔王を滅ぼすべく戦いを続け。この日ついに魔王を討伐した。


 のちに人魔大戦と呼ばれた戦いを終えた俺は、30年ほどの余生を過ごし。アールズリンドでの天寿を全うして、再び女神と対面する。


 俺の感覚ではもう久しぶりと言うのもなんだが、彼女の顔を見た瞬間、幾分安心感のようなものを感じた。初めて会った時は、彼女のあまりの美しさに直視するものままならなかったものだが、美人は3日で飽きるとはよく言ったもの。4度目に会った頃には、平然と真正面から話をするようになっていた。


 だからこそなのだろう。俺はつい本音を漏らしてしまう


「……引退したい」

「引退……ですか?」


 彼女は少し困ったような顔をして、首をかしげた。


 それもそうだろう。女神の命の時間は無限。その永劫えいごうの時の中で、あまねく世界のバランスを保ち続けなければならない。


(最初に使途に選ばれた時は自分の正気を疑ったものだが、オルフェリーゼには、ずいぶん世話にもなったな……)


 当時は何者とも呼べなかった、30代日本人だった俺。突如として謎空間に飛ばされたと思ったら、この女神オルフェリーゼが目の前にいたという次第。


『あなたの日頃の善行は見させていただいていました。どうかこれからはわたくしの使徒として、世界の均衡を守るお手伝いをしていただけませんか?』


 それが、彼女が発した最初の一言だった。


 どうせ何者にもなれないなら。と、それを受け入れた当時の俺だが。使徒である俺がいなくなれば、彼女はまた新しい使徒を探すことになる。


 彼女からすれば、使徒となるのに耐える魂を見つけるという困難な作業が待っているのだから、出来ることなら避けたいという気持ちはわからないでもない。


「俺はもう充分に働いただろ。そろそろ開放してくれてもいいんじゃないか?」


 次の転生でちょうど100万回。我ながら途方もない数値だとは思うが、キリよく終わるにはいい数字だろう。


「そうですか。まぁ、あなたはこれまで、どんな困難に遭遇しても、くじけることなく役目を果たしてくれましたし。そろそろ潮時なのかも知れませんね」


 彼女は寂しそうに笑って、小さく首を縦に振った。


「わかりました。次の転生はあなたの望む場所、望む能力でおこないましょう。何か希望はありますか?」


 希望。改めてそう問われると難しい。今まで散々オルフェリーゼから与えられたチート能力で他者を圧倒して来た身だ。今更望む能力もあったものではない。


 ふと、遠い昔の自分を思い出す。


「……凡人」


 記憶の方隅に僅かに残った、2020年代の日本で過ごした頃の平凡な日々。あの頃は毎日が退屈だと思っていたものだが、今にして思えば平和で穏やかな日々だった。


 平和な世界で、特別な能力を持たず、繰り返しのような日常を送る。これまでの転生ではどの人生でも人間らしい生活は送っていなかったので、例えばそう、今度の人生では人並みの青春を謳歌して、何か没頭できる趣味などを見つけてみるのもいいかもしれない。もちろん、できることなら恋愛もしたいが。


 それが可能かどうかは、もちろん俺の振る舞い次第だろう。こればかりはやってみないことにはわからない。


「……そうだな。元いた時代の日本に転生して、凡人として平穏な人生を送りたい」

「それがあなたの望みですか?」

「ああ。出来るか?」


 俺の問いに、彼女は少し不安げな表情を見せる。


「平和な世界には干渉したことがないので、上手く出来るかはわかりませんが……」

「頼む。俺はもう、戦いとは無縁の生活がしたいんだ」

「……やってみましょう」


 そういうと、いつものように足元に魔法陣が広がった。転生先によってわずかに柄が違うだけで、基本的には同じ紋様である。


「記憶はどうしますか?」

「ここまで引き継いできたんだ。今更なかったことにするのは惜しい」

「いいでしょう。記憶はそのまま、能力は一般人レベルで、あなたが元いた2020年代の日本に転生させます」

「……ああ。頼むよ」


 俺は目をつぶって、その瞬間に備えた。


「今までありがとうございました。あなたの働きに感謝を。次の生涯が、あなたにとって良き人生であることを願います、――――」


 最後にオルフェリーゼが口にしたのは、かつて、彼女が初めて呼んだ俺の名だったか。


 そうして、俺の意識は一度途絶えた。永遠ではないまでも、途方もない時の流れの中、幾度いくたびにも渡って無数の世界を救い続けて生きた俺の、最後の転生。願わくば次の人生では、自由気ままで、かつ充実した日々を送れるよう。そう願いながら、俺は新たな人生へと漕ぎ出したのだった。



         ――――――――――――――――



 100万回目の転生先――地球?


 西暦2020年代? 日本? 某所



「おぎゃ~、おぎゃ~」


 産声を上げたばかりの俺を胸に抱き、母親と思しき女性が見下ろしてくる。


「あなた、生まれましたよ」

「おお~、元気な男の子だ! これで才能が受け継がれてくれさえいれば八神家もこの国も未来も安泰だな!」


 耳に入ったのは日本語。どうやら日本への転生には成功したらしい。


(よっしゃ。これで俺にもようやく平穏な人生が――)


 とここで俺はふと気づく。


(ちょっと待て。才能? この国も未来も左右するほどの才能って、いったい何の才能だ?)


 オルフェリーゼは基本的には優秀な神だが、一つ致命的な欠点がある。その弱点とは、「ドジっ子属性を持っている」という点であった。

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