第20話 本当に恥ずかしい話
トリスト・ユーマとジム・ラーフィフの付き合いは約二年に及ぶ。
血塗れのホロウを拾ってしばらくしてから出会った、悪の組織の親玉のようなヒトだった。
その当時は確かに「敵」だった。ジムは明確な悪意をもって俺を騙し、琥珀アパートを奪おうとしたのだ。
一度は殺されかけたが、「それでも」と俺は手を差し伸べて、家族という今に至る。
「そもそも、キミはなぜ私を始めとする悪党を住民として住まわせようと思ったのだ?」
「へ?」
「黒曜會の連中が住民になる可能性を残しておきたいのなら、その条件くらいは知っていてもいいだろう」
「うーん、そうだな……」
俺は顎に手を当て、目を伏せる。
様々な理由がある。家賃収入の利益だったり、生活を回すためであったり、パワーバランスであったり、再び俺に危害を加えてこないようにするためだったり。
純粋に、一緒に居たいと思えるヒトだとか。
色々が絡み合ったうえで、――俺は、家族を選んでいる。
「恥ずかしい話だけど」
「ん?」
本当に恥ずかしい話なのだ。
自分の価値観を語るというのは、考え方や思っていることを全て曝け出すような気がして。
否定されることもままある。拒絶されるのが怖い。
だけど、伝わらないよりかは、きちんと想いを伝えておきたい。
例えるなら、一世一代の告白のように。
俺はぐっと拳に力を込めて、伸びた爪がほんの少しだけ食い込み、痛みを生む。
ジムと目を合わせる。緑色の眼光が俺というヒトを捉えて離さない。
「終末都市ってさ、ヒト同士の濃い繋がりってあんまないじゃん。どれだけ仲良くしたい相手がいたとしても、フラフラとどこかに消えちゃうし、ヒトとヒトの関わりを避けたがる感じが強いからさ」
「孤立傾向は確かに存在する。生きるために必死でそこまで気を遣ってられない、という時代だ。仕方ない」
「それが嫌だったんだよ。せっかく殺し合うくらいまで互いを意識したのに、離れ離れなんて」
「……は?」
ジムは目を丸くして、余裕ぶっていた表情を崩す。吸っている最中だった何本目かの煙草を、灰皿に擦り捨てた。
「もちろん、傷つくのは怖い。家族が傷つけられるのも怖い。アパートを失うのも嫌だ。だから普通に怯えるし、どうにかしたいって必死になって考えるよ」
告白が楽しいと感じている。俺の口角が自然と上がっていた。
「だけど、その対策すらも超えて俺を意識してきたのなら、手を取り合う価値はあると思うんだよ」
しばしの沈黙。蠟燭の火がゆらりゆらりと揺れている。
俺には、ジムがこの告白に対してどういう反応をするか、予想もつかなかったのだ。
「……その考え方自体も中々クレイジーだが」
ジムはため息をつく。
「……家族。私の事も、家族だと? ホロウも、リンフォード二世も、他の住民も?」
「うん。俺は琥珀アパートの皆を家族だと思ってるよ」
平然と言い放つ俺に、ジムは怯えも含めた困惑した表情を向けてくる。
「それは、家賃だとかの利益面だけでなく? 心から、本当に、そう思っているのか? この、時代に?」
信じられないようなものを見る目。琥珀アパートへ入居を提案したときもこんな表情を向けてきた覚えがある。
だが、俺にもわからなかった事がある。
家族愛は、至って普通の、人間が持つ原始的な感情のはずなのに、どうしてジムはこんな表情をするの?
「うん。心の底から愛してるよ」
バンッ……とジムは机を強く叩く。蠟燭の台が揺れ、カタカタと音を立てて元の状態へ戻る。
その勢いのままジムは立ち上がり、俺の横までやって来る。が、どこかフラフラとした足取りだった。
「知らない! わからない! ……何なんだ、トリスト・ユーマ。お前は、キミは、やっぱりおかしい……!」
荒れて叫ぶジムに、俺は焦りや恐怖を感じていなかった。
やはり、心のどこかでは拒絶されることを理解していたのかもしれない。
「そうかな?」
「そうだとも、そうに違いない! 普通、自分を殺してくるような相手を家族だと思わない! 最初から最後まで敵で、心を許せるはずがない。だって、いつ殺されるかわからないんだぞ⁉」
ジムは胸ぐらを掴んでくる。
困惑、怒り、恐怖……色々が織り交じってぐちゃぐちゃの叫びをぶつけられる。
でも本気の殺意はひとつも感じない。
そのことに気付いた瞬間、俺は今日一番嬉しかったと言えるだろう。
「銃」
「……なんだ」
ジムの手が震えていた。掴まれた服が、わずかに小刻みに引かれる。
「入居してすぐの時期はずっと銃を携帯してたよね。でも今は持ってない。持ってないから胸ぐらを掴むしかできない」
「だから何が――」
そう言いかけたところで、ジムは手を離した。
賢い彼が気付かないはずがない。それでも俺は答えを言わずにはいられなかった。
「ジムから『俺を殺す』という選択肢を無くせて、俺は本当に嬉しいよ」
もうジム・ラーフィフという男は、俺を殺せない。
たった今、彼は『敵が味方に変わる』ことを証明したのだ。
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