第17話 修理こそ役割

 リンフォード二世が身体のメンテナンスをするとき、いつも屋上で作業をする。


 今日は左足の調節。なんでも襲われかけたとかで、強い蹴りをお見舞いしたとか。その拍子に良くない音が聞こえたか何かで、十分に歩けるものの心配になってしまったという。


 洗濯かごを逆さにして椅子の代わりにして、リンフォード二世をそこに座らせる。丁寧に左足の接続部を確認し、膝から先にかけての部分を外した。ここから、より細かい部品に着目した点検を始めるのだ。


「雲母商店街にはもう近づけませんね。表の方だから大丈夫だと油断していました」


 間違いなく黒曜會の影響だった。


 黒曜會の支配域と雲母商店街は近い。パワーバランスこそ不明だが、奥の方であがっていた機械人排斥の声が徐々に表へと侵食していったのだろう。ネガティブな感情は伝染する。


 リンフォード二世の話を聞くに、雲母商店街全体が機械人を受け入れるつもりがないことは確かだった。


「どうかしてるよ。ほんと」

「もし、トリスト様とワタクシがもう少し後に出会っていたら、今のような関係は築けていないでしょうね」

「それは無いね。誰が誰より劣ってるとか、そんな考え方しないし」

「……肯定。トリスト様は善いヒトですね」


 さて、俺は本当に善いヒトと言えるのだろうか?

 悩み続けてきた身ではあるが、もう俺の中に一つの覚悟はできている。

 ……家族にとって善いヒトであれば良い。それだけで俺は動ける。


「ワタクシはしばらく琥珀アパートを離れないようにします。それこそ、エヴナ様のように部屋に籠ってしまうのもいいかもしれません」

「それは困るなぁ。掃除とか料理とか、当番の仕事はちゃんとやってほしいんだけど」

「勿論やりますよ。安心してください」


 足の底に詰まっていた小石を取る。軽く振ると内部でカラッカラッという音が鳴った。

 この修理は一筋縄ではいかないらしい。


「トリスト様は黒曜會がどういう組織かご存知でしょうか」

「いや……詳しくは知らないな。暴力的だとか、機械人を素材として見ているとか、それくらい」


 そこがまず怖いのだが。


「ひとつ誤解しないでほしいのですが、黒曜會は直接的には人を殺しません」

「え?」

「戦えないように、逃げられないように、最後の最後まで搾り取ってから捨てるのです」


 もっと恐ろしい思考を示されて、心臓がキュッと縮こまったかのような痛みに襲われる。


「そういう考え方が我々のような機械人をバラして売るという方法に繋がるのでしょうか。……いえ、そこは大事ではありませんね」

「そんなことはない。それは許されないことだ」

「ありがとうございます。トリスト様」


 俺は左足の一番外側のパーツを外す。例えるなら装甲だろうか。最も硬く、最も頑丈な部分を外すと、中は繊細なコードやボディ全体を支える軸のようなものが入っている。


 リンフォード二世のボディって、今の技術じゃ絶対に作れないし再現もできないもののような気がする。それだけ複雑で、おれもその全貌を把握しきれていない。


「殺しはしないけど、奪えるものは奪って、使うだけ使って、捨てる……。そういうのが、乱闘事件とかに繋がるのかな?」


 突如としてどこかで叫び声がした。一人だけじゃない、何人もの声だった。

 パン、パン、と乾いた音がいくつか。その音が鳴るたびに心臓が痛いくらいに跳ねる。


「……勢力を強めていく中で、団体のようなヒトの集まりを暴力で従わせようとすれば、必然的にやり返すでしょうね。それが大きな喧嘩へと繋がれば、ニュースにもなります」


「もう既に食い物にされた集団があるってことか……」


 今まさに聞こえている争いの音もそうなのかもしれない。

 ガシャーン、と大きく重いものが落ちたかのような音が響く。手が止まる。呼吸も、ほんの一瞬。

 いつの間にかヒトの声が聞こえなくなっていた。……そこから先はあまり想像したくない。


「そう考えるのが自然でしょう。ですが、ここ最近の黒曜會の動きは怪しい点が多いのです。明らかに、おかしい」


「おかしい? 俺にとっては危険な奴らの典型例みたいにしか見えないけど……」


 リンフォード二世は少し間を置いてから言った。


「それだけ血気盛んなヒトたちであるのにもかかわらず、動きが無いのです」

「……え?」



「ただの一度も、報復に来ていないのですよ。トリスト様」



 言われてみればそうである。


 数日前にホロウが黒曜會のヒトを二人殺している。なのに、こちら側に対して一切の動きが無い。


 平和を平和として受け取りすぎている自分に嫌気が刺す。


「本来であれば、黒曜會のような集団は体裁を重んじるのです。余所者、ましてや一般人に構成員を殺されでもしたら、その報復は余りにも恐ろしいものでしょう。例えばそう、琥珀アパートの住民を皆殺しにするだとか」


 リンフォード二世の言う通りだ。余りにも恐ろしく、怖い。


 見逃してくれるわけがないとわかっているからこそ、黒曜會が今何を企んでいるのかがわからない。


「いくつか仮説はありますよ。ラーフィフがこっそり手をまわして遠ざけようとしてくれている、前々から報復しに来ているがホロウ様が全部殺してくれている……どちらの方法もいつまで持つかわからない以上、家主であるトリスト様に何も言わないのは不自然です」


 それはどうかな……という言葉が喉まで上がってきたところで、指先が微かな違和感を感じ取り、口をつぐむ。


「住民が行動に出ていない以上、黒曜會の目的はただ『支配域を広げる』ことだけでは無い……と推測しました」


「じゃあ、他に何が目的で?」


「それはまだわかりません。……ですから、ワタクシは市場の動きを見るために雲母商店街へと足を運んだのです。結果はもうお分かりですね? 十分な成果を得られないまま退散してきたと」


 足の中でカラカラと音の鳴る原因がわかった。輪の形をした留め具が外れかけていたのだ。

 これくらいならすぐに直せる。俺は工具箱の中から適切な道具を取り出して、カチャリカチャリと器用に直す。


「これからは、そういうところでも俺を頼ってくれよ」

「本当に? 貴方は……」


 直した左足をリンフォード二世の身体へと戻す。

 かなり強い力で押し込み、最後にねじを締めて一連の修理作業を完了させた。


「あんま、無茶はしないでくれよ。俺ですらリンフォード二世を完璧に直せないんだから」


「助かりました。ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」


 遠くでまた、パンッと銃声がした。

 他人事のように思えない。その切り捨てられなさが、俺の心をゆっくりと絞めつけた。




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 あとがき 

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