第7話 機械の心と運び屋
昼を過ぎた雲母商店街は、どこか目が霞むような光に包まれていた。
ひび割れた天蓋の隙間から差す日差しが、空気中に散る埃を可視化させる。舗装の隙間には小さな植物が芽を出し、あっけなく踏まれていく様が視界に入る。
俺は今度こそリンフォード二世のお使いを果たすため、ホロウと共に雲母商店街の奥を目指す。
通りの喧噪が少しずつ遠ざかり、軋む鉄骨の音が耳に残る。ここから先は、資材屋やスクラップ商ばかりが軒を連ねる場所――古い時代の残骸を糧に生きる人々の領域である。
残念なことに俺はこの場所が嫌いだった。
機械人排斥運動、機械人アンチ……機械構造体に対する差別がより強い場所である。もし、うっかり機械構造体がここへ入り込んでしまった暁には、すぐに解体されて資材として商品棚に並ぶことだろう。
そんなんだから、品揃えだけは豊富である。
「ロボットさんの頼みってここで待ってたらいいんだよね?」
ホロウが不安そうに俺のことを見上げる。
「あんま、あの人の名前とかロボットとかってむやみに言わない方がいい」
「わ、わかった」
「敵がどこにいるかわからない恐怖……って言ったって、ホロウには関係ないか? 強いから」
「ホロウは狩る側。でも、怖いものは怖いよ。痛いのは嫌だし」
俺は買い物メモの要領で持たされた一枚の依頼書を改めて目を通す。
そこには番号が割り振られていて、受け取り場所とその商品名が簡潔に書かれていた。
《シナバー都第二区 雲母商店街・奥》
《ヒト型機械構造体用コアユニット》
「場所は合ってるから、ホロウたちは商品を待つだけだね」
この「雲母商店街・奥」というのが具体的にどこを示すのかはわからない。だが、大体このあたりだろうと俺たちは足を止めた。そこはちょうど空き地だった。
「知ってる? ダディが前言ってたんだけどね、昔は家に荷物が届いたらしいよ。ホロウ、信じられない」
「へぇー、今じゃ考えられないな。そんな手間なことやってたのか」
「らしいよ。まとめて運んで、まとめてどーんって置いてくれるほうがお互い楽なのにね」
「家まで運ばなくちゃならない理由……昔は、今よりも治安が悪かったのか? 盗まれるリスクが高かったとか」
「そこまではホロウわかんな~い」
そんな雑談をしながら俺たちは無造作に置かれた荷物の山を探る。
段ボール箱や木箱、プラスチックケースから、高そうな機械の箱まで。箱の種類に均一性は無い。また、並べ方も雑多だった。綺麗に整頓されている箱もあれば、放り投げられたかのように積みあがった箱もある。
「頑張ろうか」
「うん。ホロウは奥から探すね」
「それもいいが、まずは近いところから探そう。ここに運ばれる日は今日だから、手と目の届く範囲にあるはずだ」
「おおー。ならそうする」
依頼書に書かれた番号と同じ番号が記された荷物を持ち帰るのが俺たちの役目……だったのだが、どれだけ探しても一向に見つかる気配がなかった。
「ないね」
「無いな」
俺は苦笑いをする。
お使いと称して、恩返しとして、依頼として俺たちの手元にある問題は、俺が思っている以上に重いものだったのだ。
商品名・ヒト型機械構造体用コアユニット。
俺は機械構造体に詳しいとは言えない。簡単な部品やパーツであれば直す術を持っているが、それが一体どういう仕組みで動いているのか、何をもってヒトと同じくあるのか、という原理や仕組みの部分を知らないのだ。
今の時代、ほとんど資料も残っていないため新たに知る機会というのは滅多に無い。それこそ、身近に機械構造体がいないときっかけを持つことすら難しいのだ。
「まだ届いてないのかも」
「品物が品物だから……なるべく早く受け取りたいんだがな」
――ヒト型、機械構造体用、コア、ユニット。
心の中で長い商品名を分けて考える。
ヒト型の機械構造体にとっては必要不可欠な重要パーツ、というものだろうか。
そんなものを何故今更、リンフォード二世が欲しがるのか、必要だと思うのか。
ましてや「核」。
何のために、誰のために。
リンフォード二世の目的が何であれ、その部品が誰かの「中身」だった可能性を考えたくはなかった。
「あ、ねえねえお兄ちゃん、あっちからヒトが見えるよ」
オイルの匂いが濃くなり、通りの向こうから風を切って近づいてくる自転車が見える。
俺はそれに見覚えがあった。
持ち主はきっとそれを改造シティサイクルと呼ぶだろう。
ちゃっかりエンジンなんかもつけちゃった改造自転車が相棒の、シナバー都きっての運び屋。
「お疲れ様でーす。荷物お届けに参り――ん? もしや……」
白を基調としたゆるめのパーカー。黒のショートパンツ。空色の厚底スニーカー。
全体がふんわりとしたシルエットで、空色の大きめなカバンを背負った女性。
特徴的なブルーバイオレットの髪――片目隠れのクラゲカット。
「ネモじゃん」
髪が光を弾き、驚きと安堵が一瞬にしてその瞳に走る。
ネモはおしゃれなサングラスを外して、胸元のシャツに引っ掛ける。
俺は息を整え、軽く手を上げた。
「……ひさしぶり。トリスト」
風が吹き抜ける。オイルと鉄の匂いが、遠い記憶のように鼻の奥に残った。
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