第21話
待ち合わせ場所に指定した駅に到着する。改札を抜けて近くに時計台広場があり、そこでクラスメイトと集まる事になっている。来てみればもう既に数名のクラスメイトの姿があった。
その中には安田さんの姿も。
「あ、零っ。それに朝日くんもいるじゃん。二人ともおはよ~」
僕らの姿を見つけた安田さんが声を弾ませ手を振るので僕たちはそれに応えた。
「へぇ、二人とも一緒に来たんだ」
安田さんの何気ない一言に、僕は慌てるも、すかさず氷室さんが返答する。
「たまたま同じ電車にいたの。ね?」
と言って氷室さんは僕を一瞥する。口裏を合わせておけ、という視線を感じて僕は頷くと、安田さんは別段疑った様子もなく「そうなんだ!」と頷くだけだった。
挨拶が済むと、安田さんは僕らを手招きして先にいるグループのところへと誘う。
「来た人は点呼を取るの。――零と朝日くん来たよ~」
そう言って安田さんはグループの中に入っていくと、終業式の時に司会役を努めていた男子生徒に僕らの到着を知らせた。
すると司会の男子はスマホを操作して、「氷室と朝日くんね」と確認を取った。どうやらスマホで出席を管理してるようだ。
「今どれくらい集まってる?」
安田さんの問いに司会の男子は「十九人。残り一人だけだな」と答えた。待ち合わせまでまだ十五分ある。
「来てないのは鋼矢くんだけなんだよねぇ。寝坊してないといいけど」
と安田さんが眉を八の字にして呆れた様子でそう言った。
でもまぁ、残り十五分あるし。
「ところで上里くん、なんでリュックにトンボ付いてるの?」
不意に安田さんが言った。
氷室さんと同じリアクションだ。オニヤンマくん、僕より大人気だね。「これはオニヤンマくんだよ。虫除けアイテムなんだ」と説明すると安田さんはクスッと笑って「なにそれ」と溢した。
「でも可愛いね。帽子に付けるといいんじゃない?」と提案するので、それには氷室さんが、「さっき帽子に付けてたよ。でも流石にダサかったから止めたんだけど」「え~、可愛いじゃん~」「帽子に付けたら虫取り編み持った子供に捕まえられるよ」と氷室さんが冗談を言うので、それには安田さんもおかしそうに声を立てて笑う。
「ははは、なにそれウケる~」
思いがけず、オニヤンマくんを皮切りに会話が盛り上がっている!
オニヤンマくん付けてきてよかった! ありがとう、オニヤンマくん!
「なんだか楽しそうだな。朝日がどうしたって?」
僕たちの会話を聞きつけてクラスメイトたちがやって来る。その中には暖木くんもいた。
「よ、朝日。おはよ」
「お、おはよ」
気さくに挨拶してくれる暖木くんに、僕は少し戸惑いつつ返事を返す。暖木くんがクラスメイトから友達フェーズに入りかけているような気がして、ちょっと怖じ気付いた自分がいた。やはり踏み込むには勇気が足りない。
でも暖木くんは僕の反応に気にした様子もない。
「さっきはなにで盛り上がってたんだ?」
と自然と話し掛けてくれる。
安田さんが皆にオニヤンマくんを紹介してくれるので、またひと笑い稼ぐ。オニヤンマくん様々である。
出だしとしては悪くない滑り出しだ。
僕はひとまず安堵すると、最後の一人である大貫くんがここで登場する。
「おっすー」
と軽い調子でやって来る大貫くん。この時点で待ち合わせ五分遅れである。
黒の柄物Tシャツにジーパン、サンダルというシンプルなコーデで、首元にはシルバーネックレスを下げている。そして大貫くんから漂う甘い香り。どうやら香水まで付けているようだ。
「・・・・・・・・・・・・」
黒のTシャツは蚊に刺されやすいし、ジーパンは伸縮性がなく動きに制限が掛かるし、サンダルは足場が不安定なところでは歩きづらいし、甘い匂いは虫が寄ってくるし、ハッキリ言って・・・・・・TPOがなってない!
しかしそれを直接言える筈もなく、僕は黙って見過ごす。
そんな事がありつつ大貫くんがやって来た事で参加者全員が集まり、いよいよ目的地へと向かう事に。
電車の次はバスに乗り継ぐ。ここからは集団行動とあって、僕に緊張が走る。バスに乗る際、座席選びが行われる。ここがまず始めの難所だ。
§
シャトルバスが出ているので指定の場所で待っていると、ほどなくしてバスがやって来る。そしてクラス全員では乗り切れない事から二手に分かれる事にした。そして、僕は氷室さんや安田さんたちと同じバスに乗り合わせる。そして座席については氷室さんが気を利かせて隣に座ってくれた。
そして安田さんと大貫くんは、通路を挟んで隣の席に座る。
「バス移動って、何分くらいなのかな」
「三十分くらいだって」
予備知識が入っていたので僕は言うと、安田さんは少し不安な表情を見せる。
「私、車酔いしやすいんだけど、大丈夫かなぁ」
「そういう時はガムを噛むといいよ。ミントガム持ってきてるけど、いる?」
「本当に? いただこうかな!」
リュックを開け、ガムを探す。
すると、隣にいた安田さんが僕のリュックを覗き見て、
「上里くんのリュック一杯入ってるけど重くないのそれ」
さっき電車の時にも指摘されたけど、安田さんも気になる様子だった。「一応、お父さんの趣味で登山にも行ってるし、重たい物を背負って歩くのは慣れてるんだ」
「へぇ、登山男なんだね、上里くん」
ポケモントレーナーみたいな言い方。
「めちゃくちゃ張り切ってんじゃん朝日」
と言ったのは大貫くんだ。
大貫くんが肘掛けに肘を乗せ頬杖を突きながら横目で僕を見てそう言った。
軽い茶化しを入れただけで別段、恥を掻かせるつもりはなかったかもしれないけれど、そんな風に少しでも思われる事に気恥ずかしさを感じた僕は返す言葉が見つからず黙ってしまう。こういう時、コミュ力の高い人ならすぐ適当に返すんだろうなぁ。
そんな僕に代わって安田さんがフォローを入れてくれる。
「いいじゃん! 楽しみにしてくれて私嬉しい!」
と、好意的に捉えてくれるので取り巻きのクラスメイトの空気感も寛容的だ。
僕は気を取り直してガムを取り出すと、安田さんは不思議そうな顔をする。
「なんでガムをジップロックに入れてるの?」
「ボトルに入れたままだとかさばるからさ」
「物自体を減らすっていう選択肢はないんだね」
「不安は尽きないからね」
「でもこれだけ準備がいいと頼りになるね! 上里くん、なにかあったら助けてね!」
「うん、任せて」
安田さんの言葉に、僕は二言返事でそう言った。非常時に備えて知識も荷物も万全である。
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