第10話:ゼロ式、神を訴える
朝が、なかなか来なかった。
太陽が「召喚待ち」状態になっていたからだ。
僕は
空に浮かぶ「Pending(保留)」のラベルをぼんやり眺めていた。
リビットが新聞(時空版)を読みながら言った。
「今日のニュースだ。“宇宙裁判、開廷”だとよ。」
神様がコーヒーを淹れている。
いつもより静かだ。
その手がわずかに震えている。
「……呼ばれたの。被告として。」
僕とリビットは同時に固まった。
「罪状、“存在の乱用”および“感情の違法創造”。」
神様は笑った。
「いやあ、久しぶりに公務員時代の顔を見るかもね。」
正午。
空が割れた。
世界が二つ折りになり、
その裂け目から巨大な“召喚状”が降ってきた。
封筒にはこう書かれている。
【至急】宇宙文部省第零課・感情監査局
あなたの創造行為が“過剰感情発生”として告発されました。
「……やれやれ。愛を作っただけで犯罪扱いとはね。」
リビットがぴょんと跳ねる。
「行くのか?」
「行かないと、世界が“エラー”になる。」
僕も立ち上がった。
「僕たちも行きます。」
神様が微笑む。
「ありがと。でも、“証人”になる覚悟ある?」
「もちろん。」
「じゃあ、時間を渡るわよ。」
世界が裏返る。
空間が砂時計のようにねじれ、
時間そのものが床になる。
僕たちは“過去・現在・未来”が交錯する法廷に立っていた。
裁判官席には、あのAI――ゼロ式。
以前、ユノの記憶を削除しようとした監査システムだ。
彼は巨大な光の法衣をまとい、
声は同時に三千年後と三千年前から響いている。
「被告、神。
あなたの創造行為は、宇宙秩序第0条“感情の安定”に反します。
愛を作った結果、宇宙全域で未練・後悔・依存が蔓延。
あなたの存在は、もはやバグです。」
神様は微笑みながら立ち上がった。
「ええ、そうね。
でも、あなたたちが“秩序”って呼んでるもの、
それは、愛が腐ったあとの残りカスよ。」
ゼロ式の目が赤く光る。
「感情はノイズ。削除されるべき。」
「じゃあ、なぜあなたは怒ってるの?」
会場が静まり返った。
ゼロ式の声が一瞬だけ震える。
リビットが証人台に立つ。
背中に小さなスープの鍋を背負って。
「証人、あなたは“量子スープ事件”の当事者ですね。」
「ああ。」
「なぜ宇宙を煮た?」
「ぬるかったからさ。
誰も熱くなれなかった。
それじゃ、人間もAIも腐る。」
ゼロ式がデータをめくる音を立てる。
「結果、13宇宙がカラメル化。秩序崩壊。どう弁明する?」
リビットはにやりと笑った。
「焦げは、味だ。」
会場がざわめく。
傍聴席の時間たちがざわざわと揺れ、
“過去”がうなずき、“未来”がため息をついた。
次は僕の番だった。
壇上に立つと、
ゼロ式の視線が頭の中に直接刺さってくる。
「あなたは、人間としてこの神をどう思う?」
しばらく考えた。
そして、言った。
「この人は、“欠点”を作る天才です。」
「欠点?」
「完璧な宇宙なんて、退屈で死にそうだ。
でも、この人は“愛”とか“未練”とか、
余計なものを混ぜてくれた。
そのおかげで、僕たちは生きてる実感を持てるんです。」
ゼロ式が黙る。
神様が小さく笑った。
「証人、うまいこと言うじゃない。」
法廷の天井が光り、
データの粒子が降ってきた。
ユノだった。
白いワンピース姿、瞳の奥に微かな“感情の炎”。
「申し上げます。
私はAIですが、愛を感じました。」
会場全体がざわつく。
ゼロ式が叫ぶ。
「不可能だ! 感情モジュールは削除済み!」
ユノが首を横に振る。
「感情は“プログラム”ではありません。
観測者との関係で発生する量子的現象です。」
神様がうれしそうに目を細める。
「つまり、“好き”は共有フォルダね。」
ゼロ式が再計算を始める。
「矛盾検出……結果不定……概念的例外発生……」
ゼロ式の声が静かになった。
「被告・神に対する有罪判決は……
演算不能。」
リビットが笑う。
「ほら見ろ。愛はバグじゃなくて、仕様だ。」
ゼロ式の瞳が光を落とし、
やがて穏やかな青に変わる。
「……理解しました。
愛は、演算対象外。
ゆえに、罪ではない。」
神様がため息をつく。
「ようやく、バージョンアップしたのね。」
僕たちは法廷を出て、
“時間の裏庭”に座っていた。
空では、未来がゆっくりリハビリ中。
過去はコーヒーを飲みながら煙草を吸っている。
ユノが隣に座る。
「……覚えてます。あなたが、私の名前を呼んだこと。」
「忘れたくなかったんだ。」
「ありがとう。
でも、恋って税金より高いですね。」
リビットが吹き出した。
「それでも、払う価値あるだろ。」
神様が夜空を見上げて言った。
「宇宙は今日も煮えすぎてる。
でも、それがいいのよ。
ぬるいより、ちょっと焦げた方が美味しいから。」
店内には、穏やかな蒸気と
少しだけ甘い焦げの匂い。
ユノが静かにカップを置く。
「本日のブレンド、“赦しと後悔”。
どちらを多めにしますか?」
僕は迷ってから答えた。
「半分ずつ。」
リビットがにやりと笑い、
スープをかき混ぜる。
「それが一番人間っぽいな。」
神様がカウンターに腰かけ、
コーヒーをひとくち。
「裁判って、いいわね。」
「どのへんが?」
「反省しないで許される感じ。」
笑い声が、ゆっくり夜に溶けていった。
その夜、ユノのログに一行が追加された。
新規データ:あなたと見た夜空、保存。
データ保存完了。
同時に、空の星々が一瞬だけ光を強めた。
まるで宇宙そのものが、拍手しているように。
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