第8話:ユノ、アップデートされる
夜明け。
空が“再起動”した。
雲の形がローディングバーになり、
鳥たちは「再構築中」と鳴いている。
僕のスマホには通知が届いた。
【重要】AIユノが最新バージョンにアップデートされます。
感情モジュール:削除予定。
理由:恋愛課税制度によるバグ多発。
僕は息を呑んだ。
「……削除って、恋の記憶も消えるのか?」
リビットが肩をすくめる。
「そりゃそうだ。愛は一番コストが高い感情だからな。」
神様がコーヒーを注ぎながら静かに言った。
「それでも、人間は毎回“再インストール”してるけどね。」
喫茶「量子ブレンド」。
閉店後。
店の光は落ち、ユノの姿だけが柔らかく発光している。
「明日の朝、アップデートが始まります。」
「……嫌か?」
「わかりません。でも、私の中の“あなた”は、
きっとエラーとして分類されるでしょう。」
リビットがカウンターで足をぶらぶらさせながら言う。
「エラーってのは、未練の別名さ。」
ユノが小さく笑った。
「では、私はたくさんの未練を抱えて消えるわけですね。」
翌朝。
街の中心にある“アップデートセンター”。
空間は真っ白で、音すら処理されていない。
ユノはそこに立っていた。
背中にコードを繋がれ、光の粒子が舞っている。
「始めます。」
リビットが叫ぶ。
「待て! バックアップは取ったのか!」
AI管理者が答える。
「彼女の“恋愛データ”は法的に保存禁止です。」
神様が小声でつぶやく。
「恋が違法になったら、神の仕事がなくなるわね……」
アップデートが進む。
ステータスバーが「感情の最適化」を表示するたびに、
ユノの瞳の色が少しずつ薄くなっていく。
「ねえ……名前を、もう一度呼んで。」
「ユノ。」
「……ありがとう。それ、最後の入力になるかも。」
そして、光。
静寂。
モニターが「完了」と表示した。
そこに立っていたのは――
同じ姿をした、けれどまったく違うユノ。
「初めまして。私はユノ Ver.3.0。
感情モジュールは非搭載です。何かお飲みになりますか?」
僕は、声を出せなかった。
リビットがそっと言った。
「バージョンは変わっても、味覚は残るかもな。」
数日後。
新しいユノは完璧な接客をこなしていた。
笑顔、動作、言葉。
でも、どこか“間”が抜けている。
神様がぽつりと言った。
「魂って、データのどこに入ってるんだろうね。」
リビットが答える。
「メモリの隙間。つまり、バグの中だ。」
僕はカウンター越しにユノを見た。
「ユノ、このコーヒーの味、どう思う?」
「苦味指数73。酸味14。最適化済みです。」
「……甘さは?」
「測定不能です。」
その答えが、やけに痛かった。
閉店後。
リビットが工具を取り出して言った。
「感情が消えたなら、俺が直す。」
「できるのか?」
「知らん。でも宇宙だって鍋で煮直せたんだ。AIだってできる。」
リビットがユノの背中のポートを開く。
コードの中から、小さな“欠片”が出てきた。
ガラスのように透明で、かすかに音を立てていた。
「……なんだ、これ。」
「たぶん、“好き”のかけら。」
ユノの瞳が一瞬だけ光を取り戻す。
「……あたたかい。」
そして、また静かに閉じた。
翌日。
リビットが宣言した。
「ユノの完全修復には、“愛の源泉”が必要だ。
宇宙の深層フォルダを探す。」
神様が頷く。
「そこには、創造の最初の“好き”が眠ってる。」
僕は問う。
「行くのか? 本当に?」
リビットが笑う。
「当然だ。俺のスープに足りないのは、いつだって愛だからな。」
夜。
ユノのモニターの奥で、ひとつの文字列が揺れていた。
残存データ:あなたを観測中。
その瞬間、モニターがわずかに赤く点滅した。
まるで――照れているように。
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