新たな世界は平和でお願いします!
はまさお
プロローグ 戦争の終わり
そう遠くない地点から、爆音が大地を殴るように響き渡った。
空気が震え、飛び散る破片が、人だったものへと変えていく。
AIの指示に従い、ドローンヘリが無茶な軌道を描くたび、空が悲鳴のような音を上げた。
乾いた銃声と、エネルギー弾の破裂音が重なり合い、世界は雑音の奔流と化す。
――そして。
背後の壁一枚挟んだだけの位置で、垂直登坂可能静穏多脚戦車の極々小さな、まるでペンで机を突くような音に似た音が聞こえた。
その極小の音を集音機器が奇跡的に拾った音に男は叫ぶ。
「くそったれぇぇ!!」
走る。
既に戦車からは捕捉されている。壁一枚の遮蔽など挟もうが存在しないに等しい。
高性能な観測機器が壁の概念を無視する。
振り返ってはならない、振り返ればタイムロスになるからだ。
戦車の触手じみたアームが、重機関銃をこちらに向けているのだろう。ビルの小さな窓から死が俺に熱視線を浴びせているのだ。
右前方への回避指示が、視界に赤い矢印で表示された。
男――管理番号 aes6528743 はその指示よりも速く反射的にしゃがみ込み、壁裏へ滑り込む。
情報統合コンタクトレンズがごわつく。
だが、それを嫌がっていては死ぬだけだ。
直後、通り過ぎた空間が銃弾に薙ぎ払われ、壁が削れ、風圧が肺を押しつぶす。
戦車は一秒ほど射撃を続けたあと移動を再開した。この外壁内壁は貫通できないと判断したのだ。
そもそも、この戦闘のきっかけは何だったのか――もう誰も覚えていない。
前回の戦場は、「武力をもった勢力がいたから攻撃した」それだけだった。
この世界は、とことん終わってる。
ふと、集中力が切れた。
戦場でこんな状態では、普通なら数秒後に死ぬ。
だが今回は、運が良かった。
情報統合コンタクトレンズが、近くに敵性存在がいないことを示している。
画面の隅では「次の戦場へ向かえ」とAIの指示。
AIの命令に、ただ死ぬまで従うだけ。
そんな当たり前のことを考えてしまった瞬間、現状にひどく疲れた。
命じられて殺し、機械に褒められても虚しい。自分で何かを決めた記憶が、もう思い出せない。
「……もう、嫌だ。」
こんな血肉の臭いと機械の音、爆音に爆光、もうこりごりだ。
ここまで生き残ったのも奇跡だ、何か一つ違っていれば死んでいた場面がいくつもあった。
「管理番号aes6528743何をしている」
上の人間からの連絡だった。
だが、その人間もAIに言われたまま話しているだけだ。
現場の人間が、AIの音声よりも“人間の声”を通したほうが反発が少ない――。
そんな合理的な発想から生まれた“中継機”にすぎない。
「指示に従え管理番号aes6528743」
「嫌です。もう降ります」
「管理番号aes6528743最終確認だ、現時点で契約を終了という事でいいか」
「あぁ」
「管理番号aes6528743確認した、お前の負債は前々回の作戦で完済となっている、ご苦労だった。現時点までの報酬の支払いも現時点で行った、確認しておけ。ここからの脱出はビルを渡り3つ先まで行き降りることを推奨する、以上だ」
役目を終えたコンタクトレンズが、自己分解し――涙となって流れ落ちた。
思わずため息をつく。
(払い終わってるなら言えよ)
思わず毒づく。
だが、胸の奥には確かな解放感が広がっていた。
自分は今、何物にも支配されていない。
(……実際には、体調管理端末やAIの監視下にあるのだが)
それでも精神は、今だけ自由だった。
「どっか行くか」
自前の愛銃のアタッチメントのワイヤーガンで隣のビルへと空中移動していく。相手をしている奴らも逃げていく奴には興味ない、弾薬費の無駄だと一発も撃たれなかった。
◆
気づけば、路地裏をさまよっていた。
スラムの連中は怖々と此方の様子を伺う。スラムの臭いは酷いが、これも戦場からは程遠い生活の臭いかと落ち着いてしまう。
こんなスラムでも、外壁修繕機械という名目の監視ユニットが動き回っている。
それが当たり前だった景色。――今は、それが何よりも恐ろしい。
眠気が襲う、こんな場所で意識を失えば持ち物を全て失くすだろう。
「まぁ、良いか。お前さえいれば」
と男は呟き愛銃を抱き締めて目を閉じた。
久々に戦場ではない夢を見た。
夢だ、とはっきりわかった。
他愛もない都市を歩き回っているだけの夢、それすら難しい現実に嫌になった。
夢の中で、通りすがりの知らない男が、自分に手を伸ばしながら声をかけてくるのを見た。
即座に夢から目を覚まし、愛銃ナイトホークに手を伸ばした汚れた男の顔を、ストックで殴り飛ばした。
チューンされてあまりにも重たいライフルで殴られた男はスラムの汚れた床に横たわり蠢いていたが次第に動かなくなった。
そんな男の変化に目も向けず、愛銃を確認する。
「しかし見事に荷物が無いな。まぁ、お前が無事なら何でも良いんだ」
愛銃ナイトホークを確認した。分解し手入れしてやりたいがこの場ではできないと諦める。一通り動作を確認するが問題はなかった。
周囲を見渡したが、特に変わった様子もない。
戦場にいないことに不安になってくる。
戦場ではあんなにも音が溢れていたのに、今は何も聞こえない。
……静かすぎて、落ち着かない。
さぁ、どうしようかと考えていると足にまとわりついている紙に気づく。
「こんなご時世に紙だぁ?骨董品だぞ」
足にくっついていた紙に運命じみたものを感じつつ持ち上げ見る。
電子ペーパーになっており、文字の周りがわざとらしくチカチカと強調されていた。
『新たな世界で新たな人生を歩みませんか?』
「うさんくせぇ」
そんな事がポップな文字で書いてあるのだった。
「したいことも無いし良いか、頭のおかしい奴らは話が面白いしな」
そんな広告に誘われた男は笑いながら、その胡散臭い広告に記載のあった場所を追った。
向かった場所は廃墟にしか見えない物だったが内部は綺麗だった。
「いらっしゃい、新たな人生をお望みかな?」
「話を聞きに来たんだ。新たな人生とやらを」
「あぁ、勿論構わないとも。さぁ、さぁ此方へ」
研究員らしき人物に奥へ通される。男は研究員の歩き方から戦いなれておらず武装もしていないと見極めた。
ソファーに座るように促されて男は座った。
「ではさっそく語らせてもらうよ。私たちが提供するのは情報次元移動だ。情報次元移動とは君の脳を情報化し多次元世界、所謂パラレルワールドへ送り出す事をしているんだ」
「パラレルワールド?」
「そう、パラレルワールド。この世界のいつ何処かでの分岐した世界だよ。物理法則が根本的に違うかもしれない、未知の物質で世界が構築されているかもしれない、『かもしれない』の世界だよ」
研究員の舌が動き始めたせいか良く回る。
「そもそも、パラレルワールドを観測できたのが偶然でね。何かのノイズか何かだと思ったんだが、多角的に検証するとパラレルワールドという結果しか出なかったんだ」
研究者は、自分が発見した事を語りたくて仕方がないという子供のような顔をしていた。
「観測できたならば干渉したくなるだろう?ゆえに干渉する方法を考えたんだ。これが難儀してね、移動させるためには壁を破るなり通り抜けるなりしなきゃならないんだが、壁を壊すとこの次元とあちらの次元が合わさる可能性を感じてね、それは止めたんだ。私たちは物質の移動は壁がある限り困難と判断した。まぁ、未来ではどうなるか解らないけどね。物質では無いものはどうかと検証した結果、クオリアを送る事にしたら上手くいちゃったんだよねこれが。クオリアが何かって?僕は機械方面担当なんだ端末か何かで調べたほうが確実だよ。まぁ、とりあえず君の今まで受けた感覚を向こうの世界の君もしくは近しい遺伝子情報を持つ君に与えたら君になるという事だと考えてもらえるかな?」
研究者がまくし立てるように一度にしゃべり抜いた。
aes は全部は理解していない。だが――要所要所をつなぎ合わせれば、必要な骨格だけは掴めた。
「要するに、魂を切り取って他の世界の自分へ送りつけるって事か?」
「まぁ、そう言えなくもないかな。少しロマンチックすぎるけど」
はっきり言うと意味が分からなかったが、要所要所をつなぎ合わせて理解した部分だけ研究員に問い直す。
割としっかりした説明がなされて驚いた、マッドサイエンティストの似非科学ではなく理路整然とした返答が質問するたびに返ってきてのだ。
「ふーん……なるほどなぁ、つまりこの戦争ばかりの世界から逃げ出せるというわけだな。だが物を持っていけないのは困るな」
愛銃を見る。
(お前を持っていけないのは心苦しい)
その様子を見ていた研究員は手をたたく。
「君にその銃の情報を入れて上げるよ。向こうの技術レベルによっては作れないかもしれないが、君の頭には常にその愛銃がいることになるよ」
「そんな事もできるのか。費用は?」
「君の情報以外全て、どうせこの世界からはいなくなるんだ、高くはないだろう?」
「たしかに、悪くないな」
男は当たり前のように悩んでいた。
この戦争しかない世界からおさらばできるなら嬉しさしかない、死ぬのではなく新たな人生を歩めるというのは魅力的だ。
「本当に死ぬわけではないんだよな?」
「そこは信用してもらうしかないな。君が何処かと契約しているなら報復契約でも結んだらいいと思うよ」
報復契約を口にするあたり、この学者の話は意外と信用できると判断した。
「その行ける世界はある程度確定できるのか?」
「観測はできるからね、ある程度確定はできるよ。ただ似たような世界はそれこそ観測しきれない程あるから狙った世界にピンポイントでは難しいね。似たような世界には行ける事は保証するよ」
「ふむ」
受けても良いのではないだろうか。
そんな思いが、胸の奥でじわじわと広がっていく。
このままこの世界にいたとしても、どうせ近いうちにあっけなく死ぬ。
ここで騙されて死んだとしても、遅いか早いかの違いでしかない。
自分の中の天秤が、大きく傾き始めていた。
「……なぜあんたは他の世界に行かないんだ?」
「いやぁ~僕も行けるもんなら行きたいんだけどね。研究者という仕事がAIに奪われて数十年。したい事を奪われて人をリソースとしか見ていないこんな世界終わってるし……」
その表情からは諦観が表れていた。
だが、その目だけは、まだ何かを見ていた。
「この研究を続けられる環境があるなら、すぐにでも行くんだけどね。そこまで細かく観測はできない。だから、より精度を高めるためにここに残ってる。正直言えば――君のような人を送り出して、観測して、精度を上げるのが目的なんだよ。気を悪くしたら悪いけど」
「人体実験ってわけだろ? そんなこと気にしてたら、この世界じゃ生き残れないね」
「そう言ってもらえると助かるよ」
学者は安堵の笑みを見せた。
この世界では珍しいほど、実直な人間だった。
「……戦争のない世界、は存在するか?」
「あるよ?」
即答に、思わず息を呑んだ。
自分で聞いておきながら、信じられなかった。
戦争がない世界など。
「その質問ってことは、前向きに考えてるってことだよね?技術レベルはこの世界よりは下だけど、その銃を作れる程度の世界で――戦争のない世界……ありますとも」
「なん……だと」
「その世界では、大規模な戦争は観測されていない。もちろん小競り合いはあるみたいだけど、どこまでが戦闘で、どこまでが喧嘩なのかは今の観測技術ではわからない。でも、間違いなく“戦争”と呼ばれるものは存在しない」
「そ、それはどれくらいの期間だ? まさか一日とか?」
学者は指を振り、口からチッチッチと音を立てた。
「観測し始めて五年になるけど――その世界、戦争がない。なんなら、“戦争があった”という記録すら観測されていない。誤差はあるかもしれないけど、数百年は戦争のない世界だね」
「ば、バカな!」
俺は十二時間戦闘がないだけで、“平和だなぁ”とつぶやける自信がある。
そんな中、最低でも五年は戦争がない世界。
逆に、俺はそんな世界で生きていけるのか――と、不安になってきた。
「だが、そんな世界が本当にあるなら……」
この世界で生きてきて一度も感じた事のない、ワクワクする気持ちがあるのも事実だった。
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