第2話 芳しい毒


 「で? いつ追放になるんだい」


 栗饅頭のかけらを口に放り込みながら、老婆はしゃがれた声を玲に投げた。隣の玲も同じものを持っているが、口に運ぼうともしない。


 後宮の裏庭、ごみ焼き場。不用品の山の横に二人は腰を下ろしている。

 玲が後宮に入った直後、私物を廃棄される嫌がらせに遭った。その時にこのごみ番の老婆は、ぶつくさと文句を言いながらも見つかるまでずっと手伝ってくれたのだ。

 それ以来、なにかあると玲はここにやってくる。


 「……もうすぐ、かな……」

 「どうすんだい。実家に戻れるのか?」


 実家、という言葉に玲の顔の角度がさらに深くなる。手元から落ちかけた饅頭を、老婆がそろりと手を伸ばして攫っていった。


 「……国には戻れない。父王さまにも言われたもん。祖国のために立派に死んでこい、なにかあれば……刺し違えろ、って。わたし、国でも邪魔ものだったんだ。誰かの願いが見えるたびに熱を出して寝込んでたし」

 「願い読みの華能か。貴族さんなら華能はみんな持ってるもんだけど、厄介だね。普段は聴こえないように蓋、してるんだろ? なんでまた皇帝さんの前で」


 皇帝さん、という言葉に玲は肩を揺らしたが、その不敬な表現が引っかかったのではなさそうだ。目元にみるみる雫が溜まる。


 「……こじ開けられた。なにかを探してるみたいに。怖い、暗い、誰か、って叫んでた。まるで小さな子供みたいに……わたしも引きずり込まれて……」

 「へ。あの皇帝さんが、ねえ。それで気づかれて声かけられて、華妃たちをぜんぶ敵に廻しちまったと。まあそら嫉妬するわな。まいにち仕掛けられてんだろ、華泰萬」

 「……今のところ、なにをされても女官さんが華泰萬と認める前に逃げてる……でも、もし、闘わなきゃいけなくなったら……」


 老婆は手についた餡を舐め、嫌らしい笑い声を立てた。


 「持ち点ゼロ、追放されて追手がかかって、はいさようなら。ああ残念だ、こうして哀れな老婆に菓子を恵んでくれる華妃なんざ、あんたくらいだったのになあ」

 「……そう、だね。阿紗にも明日にはお暇を出そうと思う。ずっとわたしのこと、嫌がってたし。巻き込まれたら可哀想」


 老婆は眉を上げ、顎を突き出した。


 「おい。ちょっとは怒れよ。あたしなんざにここまで言われてさ」

 「怒る資格も、ないよ……わたし、なんにもない。もう、わたし……終わっちゃったほうが、いいの、かな……」


 そういい、袖で顔を覆うこともなくぼろぼろと涙を零す玲。老婆はそれを横目に見ながら肩をすくめ、ふんと鼻を鳴らした。


 「ま、そうやって諦めて、いのち投げ出して楽になれるんだったら、幸せだよ」

 「……え」

 「責めてるんじゃねえ」


 老婆は腰を叩きながら立ち上がり、外套の上から頭をがりがりと掻いた。白い乱れ髪がこぼれ覗く。


 「あんたの生命だ。好きに使いな。放り出すもいい。逃げるもいい。だけど、な……」


 玲に背を向け、転がしておいた灰掻き棒を取り上げる。杖に使いながら億劫そうに歩き出した。その背中から聴かせる気もなさそうな声を投げて寄越す。


 「あんたが負っているものが見えたら、一人じゃねえってわかったなら、前に出てみな。そこが崖の淵だろうが、地獄の釜の前だろうが、だ」


 呆然と見送る玲の視線を受けながら、老婆はひとつ大きなくしゃみをした。



◇◇◇



 「あら、召し上がらないの。栗饅頭、お好きではなかったかしら」


 背中からの声に阿紗は文字通り飛び上がった。

 ふふと笑い声を立てながら、豹胡妃は阿紗の向かいに腰を下ろす。侍女たちがその後ろに居並んだ。


 「ごめんなさいね、お呼び立てしたのにお待たせしてしまって」

 「い、いい、え……」


 豹胡の部屋は後宮でもっとも日当たりがよい。春の陽光が焚きしめられた香に溶け込むように室内を満たしている。豹胡の侍女に導かれて部屋に入った折、阿紗はつい、夢の中みたい、と呟いてしまったのだ。


 「美味しいのよ、そのお饅頭。陛下もお好きなの」


 それひとつで阿紗の棒給がまかなえるであろう、見るからに高級な皿に載せられている饅頭。彼女には手をつけることができなかったのだ。

 それでもそろりと手を伸ばし、摘み上げた。まだ躊躇っている彼女に、豹胡は金の瞳を細めながら口の端を持ち上げてみせた。


 「毒は入っていないわ」

 「め、めめ、滅相も……!」


 そういい、むぐむぐと一息に頬張る阿紗。喉に詰まらせて胸を叩く。

 豹胡は笑いながら手元の器に茶を注ぎ、阿紗の方へ押し出した。


 「……ね。あなた、どうするの」

 「え、ど、どう、って……」

 「玲妃さま。可愛らしい方よね。わたくしもずうっと応援していたのよ。でもねえ、まさか陛下に対し奉り、華能でお心に踏み入るなんて……」

 「……」

 「可哀想だけど、庇って差し上げることも難しそうだわ。他の華妃さまもみな、彼女のお振舞いに思うところがあるようですもの。玲妃さま、華泰萬はあまりお得意でいらっしゃらないし、きっと後宮ここは出て行かざるを得ないでしょう。あなたはお仕えする相手を失う。そうなるとあなたも……」


 俯いて黙り込んでしまう阿紗。豹胡は卓の上に肘を置き、ぐい、と身を乗り出した。獲物を見つけた猛獣が岩場で身体を伏せる様子にどこか似ている。


 「あなた、わたくしのところにいらっしゃらない?」

 「……え」

 「侍女として。ずっと思っていたの、あなたほどのひとをあんな……ああ、ごめんなさい。能力を埋もれさせておくのはもったいないって」


 目を瞬かせる阿紗。その様子に豹胡は満足げに目を細め、だが、思わせぶりに大きなため息をついた。


 「でも、ひとつだけ問題があって……」

 「……は、はい」

 「陛下が玲さまの華能に興味をお持ちのようなの。いえ、あくまで実験動物のような興味だと思うわ。残酷なことよね。華妃としては見限っておきながら、ずっとお手元において、いたぶりつづけるなんて……」

 「そ、そんな」

 「だから……ね。陛下の、玲さまの能力への興味をなくして差し上げるの。それは玲さまを自由にして差し上げることでもあるわ。大丈夫、万が一のことがあればわたくしが守ってさしあげる。ね、協力してくれるわね」


 豹胡は立ち上がり、ゆっくりと阿紗のほうへ歩み寄った。そばへ腰を落とし、彼女の手を両手で持ち上げる。顔を近づける。

 ふわ、と、豹胡の香りが阿紗を包む。

 芳しい、死の匂い。


 「……ね?」


 




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