第11話 崩壊の記録

風砂の原を抜ける頃には、太陽が低く傾いていた。

空は茜色に染まり、砂丘の影が長く伸びている。

塔から放たれた光はもう消えたが、

その残像のような輝きが、まだ灯里の胸の奥に残っていた。


「……“消滅”って言ってたよね」


灯里の声が風にかき消されそうになる。

リアムが頷き、砂の上を慎重に歩きながら言った。


「ノアが観測地域だとしたら、あの塔は見張りの役目をしていたんだろう。

 だが“消滅”という言葉の意味が気になる」


「街が……なくなったってこと?」


「おそらく」


リュカが後ろを歩きながら言う。


「けど、なんでそんなことをわざわざ“観測”してたんだ?」


リアムはしばらく黙ってから答えた。


「記録のためだ。誰かが何かを残そうとした」


灯里は俯いたまま、砂を踏みしめた。

“残す”という言葉が、なぜか心に引っかかった。


――誰に、何を伝えようとしたんだろう。


やがて、地平線の向こうに黒い影が見えてきた。

崩れた建物の残骸。

風が吹くたび、砂がその間を流れていく。


「……あれが、ノア」


灯里は息を呑んだ。

近づくにつれ、それが街だったことが分かる。

壁の破片、錆びた鉄の骨組み。

どれも見たことのない形――けれど、どこか懐かしい。


足元で何かがきらりと光った。

灯里が手を伸ばして拾い上げると、それは金属の板だった。

砂に削られた表面に、薄く文字が刻まれている。


「……N、O、A、H」


「ノア……!」


リュカが駆け寄る。

リアムが板を受け取り、指でなぞった。


「やはりこの地がノアだったか」


灯里は板を見つめた。

読める理由なんて分からない。

でも、文字を見た瞬間に、意味が頭の中に流れ込んできた。


――見たことのある形。

どこかで、このアルファベットを知っている。


胸の奥がじんわりと熱くなる。


そのとき、足元がかすかに震えた。


「今、揺れた?」


リュカが身構える。

砂の下から光が漏れている。

リアムが剣を抜いた。


「地下に何かある」


三人は慎重に砂を払った。

やがて、黒い金属の蓋が姿を現した。

中央には三本の線と円の刻印。


リアムが蓋に手を置くと、

金属の隙間を走るように光が広がった。


――ピィィィ……。


「勝手に動いた……?」


砂の音と共に、蓋が左右にスライドして開いていく。

地下へ続く階段が現れた。

冷たい空気が吹き上がり、灯里の頬を撫でた。


「行こう」


リアムが短く言う。

灯里はうなずき、ランプを掲げて一歩を踏み出した。


階段を下りるごとに、空気が重くなっていく。

壁には錆びついた管が張り巡られ、

かすかに金属の匂いが漂っていた。


「……これ、昔の施設っぽい」


「昔って、どのくらい?」


「分からない。でも、すごく前」


やがて階段の終わりに、光るパネルが現れた。

触れていないのに、文字が浮かび上がる。


――記録データ、再生準備完了。


「……自動で動いた?」


リアムが剣を握り直す。

リュカが息を飲む。


壁の光が広がり、青白い映像が空中に映し出された。

そこには、白衣を着た人々が慌ただしく動き回る姿。

背後のモニターには“地球観測”という文字が一瞬だけ映る。


灯里の胸が大きく跳ねた。


「……今、地球って……言った」


リアムとリュカが首を傾げる。


「チキュウ? それが何かの地名か?」


灯里は映像を見つめたまま、喉が乾いて言葉が出ない。

目の奥が熱い。


夢じゃなかった。

この世界のどこかに、地球の痕跡が本当にあった。


心の奥に積もっていた違和感――

風の匂い、空の色、そしてどこか懐かしい景色。

全部が今、線で繋がる。


「……やっぱり」


声が震えた。

嬉しさと怖さ、両方が混ざった音。


「やっぱり、ここ、地球なんだ」


リアムとリュカが彼女を見る。

灯里の瞳には映像の光が揺れていた。


映像の中で、誰かが言っている。


『観測個体、佐倉灯里。転送実験、安定』


その声を聞いた瞬間、灯里の背筋が凍った。

名前。

間違いなく、自分の名前だった。


「……今、私の名前を言った」


「アカリ……?」


リアムの声が低く響く。

灯里は膝をつき、両手で顔を覆った。


「どうして……私の名前が、こんな場所で……」


リアムがそっと肩に手を置いた。


「理由は分からない。でも、きっと偶然じゃない」


灯里は涙を拭い、映像を見上げた。

その目には、恐れと決意が同居していた。


「私……確かめたい。どうして私が、ここに来たのか」


リアムが静かに頷く。


「行こう、アカリ。真実はまだ、この先にある」


風のような音が、地下の奥から聞こえてきた。

まるで誰かが、彼女の名前を呼んでいるかのように。


――アカリ。思い出して。


灯里は目を閉じた。

その声が、胸の奥に優しく響いていた。

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