第2話

「ちょっとー、ひどくない? 何あの態度ー」

「だから言ったじゃん、黒木はそういうやつだって」

「でもー」

「それに、本当に助けてくれたのあいつなの? 人混みで見間違えたんじゃない?」


 麻美に言われて記憶を整理したが、やはり人違いなんかではない。


 あの時、自分を助けてくれたのはやっぱり。


「絶対黒木君……だと、思う、けど」

「全然絶対じゃないわね。でも、本人があの調子なんだからもういいんじゃない? お礼されたいなんて思ってるタイプでもないだろうし」

「ねえ、黒木君って昔からあんな感じなの?」

「んー、元々口数少ない方だけど、中学までは野球部だったからもうちょっと生き生きしてたかなー」

「今は辞めたの?」

「さあ。でも、朝練してる時間に教室にいるってことはそういうことじゃない?」

「ふうん」


 もちろんそんなことはよくある話だが、冬瀬はなぜか黒木が野球部を辞めたという話が引っかかった。

 

 何か理由があったんじゃないか。

 そう思って黒木のことを調べてみようと、昼休みになった時に隣の席の女子に話をきいた。


「ねえねえ、二組の黒木君って知ってる?」

「黒木? ああ、あの入学詐欺野郎ね」

「さ、ぎ? え、どゆこと?」


 全く予想しなかった言葉に驚いていると、常盤は心底嫌そうな顔をしながら続けた。


「あいつ野球推薦で入ったくせに野球部辞めたのよ。最低でしょ」

「そ、そうなんだ。でも、推薦で入ったってことは上手かったってこと?」

「中学の時はエースで四番だったからね」

「じゃあなんで辞めちゃったの?」

「詳しくは知らないけど、なんか問題起こしたとかって」

「問題? 何かしたの?」

「噂だけど、先輩を殴ったとかって。でね、実は最初から入学したら問題起こして辞めるつもりだったとか」

「それ、誰が言ってたの?」

「みんな知ってる話よ。で、黒木が何か? もしかして変なことされたとか」

「そ、そんなんじゃないよ……あの、教えてくれてありがと」


 そのあと何人かに話を聞いたが、黒木を知ってる人間からは皆、同じような話をされて。

 その誰もがまるで自分が何かされたかのように不快そうに喋っていたのが印象的だった。


「噂、か」


 冬瀬はどこかモヤモヤしていた。


 助けてもらった義理があるとはいえ、黒木が評判通りの人間にはどうも思えない。


 それに黒木のことを話す人は口を揃えてあくまで噂だと。


 だから本当は何か事情があるんじゃないかと考えた冬瀬は、放課後すぐに麻美を捕まえて聞いた。


「ねえ真希、黒木君のこと、知ってたんでしょ」

「え? あー、みんなから聞いた?」

「聞いたわよ。なんで教えてくれなかったの?」

「だって、私も直接本人から聞いたわけじゃないしさ。噂話で人を悪く言うのも嫌だし、それにあいつは円香の恩人なんでしょ? だったら余計、ね」


 複雑な表情でそう語る麻美を見て冬瀬は責めた言い方を少し悔いた。


「ご、ごめん」

「いいよいいよ。でも、やっぱり黒木と仲良くなんて考えてんならやめといた方がいいんじゃない? あいつだって誰かと仲良くしたそうなわけでもないし、そっとしておきなよ」

「……そう、かもね」

「それよりこのあと暇? みんなでカラオケ行くんだけど」

「あー、私今日は締切近くてさ。パスしとく」

「ああ、言ってたネット小説? がんばるねーほんとに」

「まあね。売れて有名になるのが夢だし。今、結構いい感じなんだ」


 そんな会話に割って入るように入り口から「おーい真希ー、行くよー」と。


 数人の女子たちからお呼びがかかり、麻美は冬瀬に手を振りながらそっちへ合流していった。


 やがてクラスメイトたちは部活や放課後の予定に向けて忙しそうに出て行って。


 気づけば教室には冬瀬一人だけがポツンと取り残された。


「さて、やりますか」


 カバンに入れたノートパソコンを取り出してから机に置いて。


 自身の創作ページを立ち上げる。


 冬瀬は小説家になる夢がある。

 今はネット小説を投稿してコンテストの受賞や出版社から声がかかることを目指している。


 フォロワーは三千人ほど。

 自分でも結構人気になってきたなと自覚しながらも、何かが足りないことにも気づいている。


「結構数字はいいのになあ。なんでだろ」


 カタカタと原稿を書きながら呟く。

 最近の流行りはおさえているつもり。

 人気もある。

 じゃあ書籍化される作家との差はなんなのか。


「やっぱり挿絵、いるよね」


 最近はネット小説でも絵師に依頼したり、自分でイラストを描いたりする人が増えた。

 やはりラノベとなれば、挿絵は外せない要素。


 しかし冬瀬は絵が苦手なのである。

 

「誰か私のキャラを描いてくれる人とか……いや、いないよねそんなの」


 そもそも、入学してすぐに仲良くなった麻美にだけは小説活動について軽く話しているが、それでも内容までは言ったことがない。

 書いてるのがラブコメなんて、恥ずかしくて言えるはずない。


 だから頼むって言っても、誰にどう聞けばいいのかわからないし、そもそも好みの絵を描いてくれる人がこの学校にいるかどうかもわからない。


 ツイッターで募集したこともあったけど、話が進むと怪しい勧誘だったり金を要求してきたりと頓挫してばかり。


「はあ……なんか今日は筆が進まないな」


 黒木のことが頭をよぎり、思ったように執筆が進まない冬瀬は少し気を紛らそうと教室を出た。


 外は空が真っ赤に染まっていて、もうすぐ夏だというのに涼しい風が廊下に吹き込んできた。


「あー、気持ちいい」


 グッと背伸びして。

 涼やかな風を堪能するように、誰もいない廊下を歩く。


 すると、隣の教室に人影が見えた。


「あれって……」


 黒木だった。

 集中した様子で机に向かう彼は、入り口あたりに立ってみても冬瀬に気づく様子はなく。


 勉強でもしているのかと、こっそり後ろから近づいてみると、机に広がったノートに書かれていたのはなんと。


 アニメ調の女性だった。


「え、うまっ」

「だ、誰だ?」


 思わず漏れた冬瀬の声に反応して、慌ててノートを閉じながら振り向いた黒木は冬瀬を見てため息をついた。


「はあ……また君か。なんだよ今度は」

「え、いや、その、たまたま私も残って作業してたらさ、黒木君の姿が見えたから」

「そう。でも、集中したいから出ていってくれないか」


 冷たく遇らう黒木に、しかし冬瀬は話を続けた。


「その絵、黒木君が描いたの?」

「……人のノートを覗くのが趣味なのか?」

「ご、ごめんなさいたまたま見えちゃって。でも、めちゃくちゃ可愛いよそれ」


 ラフ画だが、ネットに投稿すればそれなりに反響をもらえそうなレベル。

 それに、なにより冬瀬の好みの絵だった。


「……それはどうも。君も絵、描くの?」

「あ、いや、私は全然ダメで」

「そっか。でもまあ、絵なんかちょっとうまくてと何の意味もないけどね」

「そ、そんなことないよ。すごい才能だし、それに、今は漫画とかアニメとかもすごい流行ってるしさ」

「俺、頭よくないから。話考えたりなんか無理だし。それより、こんなところ誰かに見られたら君もまずいんじゃない?」


 黒木はうんざりした様子で言う。


「まずい? なんで?」

「俺、嫌われてるから。あんま近づかない方がいいよ」


 黒木は表情を変えることもなくそう言ってから。

 戸惑う冬瀬を見向きもせずに荷物をまとめ出して。


「もう一回言っておくけど、俺に近づかないでくれ」


 そう言い残して、先に教室を出て行った。


 

 

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