第3話

 その日の夜。


 俺は、またルナの配信を見ていた。


「はい、今日も始まりました。月ノ音ルナです」


 いつもの声。でも、今日は少しだけ嬉しそうに聞こえた。


「今日はですね、ちょっといいことがあったんですよ」


『なに?』


 俺がコメントを打つと、ルナは少しだけ笑った。


「内緒です。でも、透明人間さんのおかげかもしれません」


『俺のおかげ?』


「そうです。あなたが、いつも見に来てくれるから」


 ルナの声が、少しだけ優しくなった。


「……ありがとうございます。これからも、よろしくお願いしますね」


 画面の向こうで、蛍が小さく笑っている気がした。


 俺は、スマホを握りしめながら、コメントを打った。


『こちらこそ、よろしく』


 そして、その夜から、俺と蛍の関係は、少しだけ変わり始めた。


 画面越しでも、教室でも。


 二つの世界で、二つの距離感で。


 でも、確かに、俺たちは繋がっていた。



 数週間後。


 蛍は、相変わらず朝は眠そうにしているけれど、少しだけ俺に話しかけるようになった。


「……ねえ、相沢くん」


「ん?」


「……昨日の配信、見た?」


「ああ、見た」


「……どうだった?」


「面白かった」


「……そう」


 蛍は、少しだけ嬉しそうに笑った。


「……じゃあ、また今日も来てね」


「ああ」


 俺は頷いた。


 そして、その日の夜も、俺はルナの配信を見た。


 画面越しで、蛍の声を聞きながら。


 俺は、少しだけ幸せな気持ちになった。


 透明人間じゃなくて、ちゃんと「そこにいる」自分を、感じられるようになった。


 それは、蛍がくれた、小さな奇跡だった。


 ---


 ある日、蛍が放課後に俺を呼び止めた。


「……相沢くん」


「ん?」


「……ちょっと、いい?」


 蛍は、珍しく真剣な顔をしていた。


「……実は、今度オフ会やろうと思ってて」


「オフ会?」


「……うん。常連リスナーだけの、小規模なやつ」


 蛍は、少しだけ恥ずかしそうに言った。


「……透明人間さんにも、来てほしいなって」


「……俺が?」


「……うん。だって、あなたが一番の常連だし」


 蛍は、俺の目を見た。


「……それに、もっとちゃんと話したい」


 その言葉に、俺の心臓が跳ねた。


「……わかった。行く」


「……ほんと?」


「ああ」


 蛍は、ぱあっと顔を明るくした。


「……やった。じゃあ、詳細は配信で言うね」


 そう言って、蛍は嬉しそうに走っていった。


 その後ろ姿を見ながら、俺は小さく笑った。


 透明人間じゃなくなった俺は、今、確かに蛍に見えている。


 それが、何よりも嬉しかった。

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