深夜配信で毒舌コメントしてくる常連が、朝の教室では俺の前の席で寝てばかりの美少女だった件

@stay_

第1話

 深夜0時。スマホの画面に映るのは、暗い部屋と、ぼんやり光る間接照明だけ。


「はい、というわけで今日も始まりました。月ノ音ルナの深夜雑談配信です」


 低めの、少しハスキーな声。画面には顔は映らない。映るのは、白い手と、猫耳のついたヘッドホンだけ。


 俺——相沢透は、ベッドに寝転がりながら、その配信を見ていた。


 月ノ音ルナ。登録者3万人の、深夜雑談配信者。ASMR配信もたまにやるけれど、メインは雑談。それも、リスナーをいじり倒す毒舌スタイルで人気を集めている。


「あー、透明人間さん来てる。今日も暇なんですね」


 画面に流れるコメント欄。俺のハンドルネームが表示されると、ルナがすかさず反応する。


「透明人間さん、毎日毎日よく飽きませんね。私の配信、そんなに面白いですか? それとも他にやることないんですか?」


 画面越しでも伝わる、ニヤニヤした口調。


 俺は苦笑しながら、コメントを打つ。


『面白いから見てるんだが』


「へー、素直じゃないですか。でも毎日来る人って、だいたい現実逃避してるんですよね。透明人間さんもそうなんじゃないですか?」


『図星すぎて何も言えない』


「あはは、正直でよろしい。まあ、逃避先に私を選んでくれてありがとうございます。せいぜい楽しんでいってくださいね」


 軽口を叩きながらも、どこか優しい。それがルナの配信の魅力だった。


 毒舌だけど、ちゃんとリスナーのことを見てくれている。適度な距離感で、でも確かに「そこにいる」ことを感じさせてくれる。


 俺は毎晩、こうしてルナの配信を見るのが日課になっていた。


 学校では目立たない。友達も少ない。クラスの中心にいるような人間じゃない。


 でも、ルナの配信では、俺は「透明人間」として、ちゃんと認識されている。


 それが、心地よかった。


 ふと、画面の向こうでルナが伸びをする気配がした。


「んー、今日はちょっと眠いかも。最近、昼間に寝不足で困ってるんですよね」


『配信のせいじゃん』


「うるさいですね。好きでやってるんだからいいんです」


 そう言いながらも、ルナの声には少しだけ疲れが滲んでいた。


「でも、まあ……透明人間さんとか、常連の人たちがいるから続けられてるのかもしれませんね」


 ぽつりと、そんなことを言う。


 いつもの毒舌とは違う、素の声。


 俺は、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


 ---


 朝、教室。


 俺の前の席に座る柊蛍は、今日も机に突っ伏していた。


 黒髪ロング。色白で華奢な体つき。顔立ちは整っているけれど、いつも眠そうで、あまり人と喋らない。


 図書委員をやっているらしいけれど、それ以外のことはほとんど知らない。


 クラスの中でも地味な方で、俺と同じくらい目立たない存在だ。


 そんな蛍が、また今日も寝ている。


「……おい、柊。起きろよ」


 隣の席の友人・健太が、蛍の肩を軽く叩く。


「ん……」


 蛍が顔を上げる。寝ぼけ眼で、ぼんやりとこちらを見た。


「また寝てたのか。お前、ちゃんと夜寝てるのか?」


「……寝てる」


「嘘つけ。絶対寝不足だろ」


 健太が呆れたように言うと、蛍は小さく頷いた。


「……ちょっとだけ」


「ちょっとじゃねえだろ。毎日寝てるじゃねえか」


 蛍は何も答えず、また机に顔を伏せた。


 その拍子に、蛍の耳に引っかかっていたイヤホンが、机の上に落ちた。


 白い、猫耳のついたイヤホン。


 ——見覚えがある。


 俺は、思わず息を呑んだ。


 あのイヤホン。昨日の夜、ルナの配信で見たのと、同じだ。


 いや、でも……まさか。


 偶然だ。同じ製品を使っている人なんて、たくさんいる。


 そう自分に言い聞かせながらも、俺の視線は蛍のイヤホンに釘付けになっていた。

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