第41話 白楼、そして灯影へ
赤い警告ランプが施設内を断続的に照らす。
海莉たちは襲いかかる兵士を次々と倒しながら、出口へ向かって駆け抜けていった。
アキが水圧で吹き飛ばし、蓮が容赦なく殺す。
制御の余波で異能をまともに使えない海莉と祈里は、走るしかない。
「海莉っ!」
海莉の目の前には銃を構えた複数の兵士。
「浅葱海莉。生存最優先より殺害最優先へシフト」
機械的なその声と共に銃弾が発せられる。
しかし、それは海莉に当たることなく、代わりに兵士たちが消えた。
その場から跡形もなく。
海莉と兵士たちの間に割って入った影があった。
地下へ落ちた時に遭遇した、あの化け物。
海莉を襲うでもなく、その前に立ちはだかり、守る。
そして兵士たちを次々と飲み込み、静かに廊下へと溶かしていく。
「……なんで」
海莉が呟くと、化け物はまるで理解したかのように、小さく頷いた。
「……被験体、だ」
ぽつりと蓮が呟く。
「被験体ってリストにあった……浅葱くんの名前もあったやつ?」
祈里が尋ねると蓮は頷く。
「ここは、そういう実験も兼ねてる。危なく海莉もアレと同じになるとこだった」
「……だから、制御かよ」
「そうすることでしか守れなかった」
蓮はそう言い残して先頭に立ち、再び走り出した。
海莉は胸のざわつきを押し殺し、化け物を一瞥すると、祈里やアキと共にその後を追った。
今は立ち止まる余裕などない。
脱出が先だ。
***
走った先の非常口の階段を上り、地上の白楼へ向かう。
最後の扉を押し開くと、そこは工業区の奥まった廃ビル裏だった。
視界に映るのは崩れた壁と、苔むした鉄骨。
外から見れば完全に瓦礫にしか見えない場所だ。
蓮が端末を操作すると、塞いでいた瓦礫が音を立てて崩れ、外気が流れ込んだ。
「……いや、お前死んでたら出れなかったじゃねぇか」
海莉が呆れ混じりに眉間を抑えると、蓮はいつもの調子で肩をすくめた。
「その時はぶっ壊せばいいだけだろ。俺がいなくても、海莉たちならなんとかできるって」
軽口に聞こえるのに、裏に隠された全部背負って死ぬ覚悟が滲む。
海莉は睨むように蓮を見る。
「……俺たちがなんとかする前に、お前が勝手に死ぬとこだったんだよ」
蓮は目を丸くし、それから苦笑して頭をかいた。
「……心配してくれた?」
「うるせぇ。当たり前だろ」
祈里は、穏やかで、しかし圧のある表情で蓮を見た。
「蓮くん、事情は後で聞くとして……死んだら許さないよ」
それだけで、蓮は一瞬返事に詰まった。
軽口も、皮肉も、どこか喉で止まる。
「……わかったよ。努力はする」
アキがうんざりしたように階段を降りながら言う。
「まだ終わってない。白楼の住民は、灯影の管理下で保護してる」
その言葉に、海莉と祈里は同時に目を瞬かせた。
「は? 灯影の管理下って……因課の灯影支部ってことか?」
「……どういうこと? 因課は白楼を切除したんじゃ……」
情報が噛み合わず、ふたりは顔を見合わせる。
アキは走りながら短く続けた。
「特災観が調査中。本部の一部が勝手に白楼を切除した扱いにしたけど……支部はそれを正式承認してない」
「正式承認……してない?」
「灯影支部のヤクザみたいな職員が、住人の人権守るために、勝手に全員保護したんだよ。“切除? 知らねぇよ。まだ生きてんだろうが”って」
祈里が思わず息を呑む。
「……そんなの、許されるの……?」
「許されるかどうかじゃなくて、灯影はそういうとこ。筋通すまでは絶対に人を見捨てない」
アキは冷静なまま続ける。
「白楼は今、因課“本部の一部”に切り捨てられた。でも、因課そのもの、特災観、灯影支部、洛陽支部……全部が敵ってわけじゃない。むしろ味方の方が多い」
海莉は荒い息の中で、わずかに目を見開いた。
(……住民は、生きてる……守られてる……)
その事実が、胸の奥の重石をひとつだけ外した。
「ちょっと待て」
海莉が足を止め、身震いするように顔を歪めた。
「ヤクザみてぇな職員って……まさか……雁木さん……とか?」
アキは呆れたように瞬きをした。
「あんなの何人もいたら、因課の治安悪すぎでしょ。一人しかいないよ」
「だよな……! だよな!? でも……何やってんだよ、あの人……! 掟破りすぎだろ!!」
海莉が半ば怒鳴るように言うと、
「……浅葱くんがそれ言うんだ……」
祈里が、息を切らしながらも苦笑する。
「自分の勤務態度と規律の破り方を思い出してから言いなよ……」
「オレは最低限守ってた!! あの人絶対守ってねぇ!!」
「最低限って言ってる時点で守れてないよね……」
アキは完全に引き気味の目で二人を見ながら、肩をすくめた。
「雁木亮介。灯影支部の自己判断で住民全員を回収、“因課本部命令を一時停止”して保護。あと勝手に白楼周辺の封鎖を無効化したらしい」
「え、それもうクーデターじゃん……」
「うん。でも雁木だから許される。というか、誰も止められない」
祈里は額に手を当てる。
「……あの人、本当にヤクザじゃない……?」
「本人は“公務員”って言い張ってるんだよなぁ……」
海莉は青ざめた顔のまま、頭を抱えた。
「俺、怖ぇ……あの人に会ったら何言われるか……」
「浅葱くん、君は褒められる側じゃない……?」
「いや“お前のせいで住民逃す羽目になった”って絶対殴られる!!」
「あいつなら暴力より別の詰め方するだろうけどね」
アキがさらっと告げると、海莉がさらに青ざめた。
「隊長」
アキが振り返り、蓮をまっすぐ見た。
「というわけで、白楼の住人は全員救出済み。
洗脳されてたやつらも治療中。だから安心していいよ」
蓮はわずかに目を細めた。
「……もう隊長じゃないけどな。……でも、良かった」
「それと、お前も治療受けるべきだって判断は変わらないよ。動くのに不便はなくても、心配するやつがいるから」
“心配するやつ”が誰のことか思い当たり、海莉が眉をひそめる。
「おい、蓮。……どういう意味だよ」
蓮は肩を竦め、気楽そうに言った。
「あー……俺って、ほぼ人間じゃないから」
「……は?」
海莉の顔が固まる。
祈里も目を瞬かせ、アキに至っては「やっと言ったか」とでもいうように目を細めている。
「ちょ、待て。どういう……」
蓮はほんの少しだけ視線を逸らした。
そして、観念したように肩を落とす。
「……俺は“強化人間”だよ。異能因子だけ持ってた普通の人間だったけど……育ての親が研究員でさ」
その一言で、祈里の表情が鋭くなる。
「……植え付けられた、の?」
「まあ、そうなるな」
蓮は苦笑しながら指で自分の胸を軽く叩く。
「幼少期に因子調整されて、身体は戦闘用に仕上げられた。で、成人前に隊に組み込まれて……“少尉”なんて肩書き貰ってるけど、結局は、現場に都合よく作られた調整品だ」
「……」
海莉は言葉を失ったまま、蓮を見つめた。
蓮は軽口の調子を保とうとしているが、その目はどこか疲れたように沈んでいた。
「俺は異能者になったんじゃなく、された側。お前みたいに生まれ持ってる奴とは違う」
海莉は息をごくりと飲んだ。
「じゃあ……その為に、戦い続けてきたのか……?」
「仕方ないじゃん。異能保持者として社会に出る条件でもあったし。拒否したら処分だったから」
アキが補足するように前へ出る。
「強化人間プロジェクトは、今は全部廃止されてる。倫理的に完全アウトだからね。でも当時は異能戦力の穴埋めって理由で軍で黙認されてた」
蓮は指を鳴らし、苦笑した。
「だから、俺は人間からちょっとズレてるんだよ。痛覚も、神経伝達も、身体の調整速度も……海莉ほどじゃねぇけど、普通じゃない」
「普通じゃねぇのは、知ってたけど……。お前強ぇし、普通に殺すし……」
海莉が言いかけて、唇を噛む。
「お前、そんな身体で……白楼で、人間のフリして……」
「別にフリしてたわけじゃない。あそこにいると、なんか……人間でいられる気がしてさ」
蓮の言葉は軽いようで、どこか寂しさが滲んでいた。
「だから、白楼を守りたかったんだ……」
祈里の言葉に、蓮はほんの少しだけ目を見開いた。
そして、照れ隠しのように鼻を鳴らす。
「……まあな。みんなが幸せに生きてる街を……壊されたくなかったんだよ。俺は外から来たスパイだったけどさ、それでも守りたかった」
海莉は拳を握りしめる。
「蓮……お前が何者でもいい。お前は“白楼の蓮”だろ。仲間だろ」
「……うん。そう言ってもらえるなら、生きる価値あるかもな」
蓮は薄く明るくなり始めた白楼の空を見上げた。
「……白楼に、いつか戻ってくるまで。俺も、頑張らなきゃな」
その呟きは誰に向けたものでもないが、確かに隣にいる三人へ届いていた。
海莉も、祈里も、そしてアキですら……口元に、わずかな笑みを浮かべる。
四人は、足をそろえて歩き出した。
――目的地は、灯影市。
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