第17話 切除の代償
因課・本部。
白と灰で統一された執務室の中、紙の束をめくる音だけが響いていた。
机上に並ぶのは、見覚えのない承認印が重なった報告書の山。
水島詩は、それを一枚、また一枚と確認していく。
「……白楼を……切除? どうして……こんなものが……」
手が震える。
ページを繰るたびに、胸の奥が冷たく沈んでいく。
別の報告書にも同じ印が押されていた。
「これも……これも、これも……どうして……!」
握った指先が白くなる。
紙をくしゃりと握りつぶし、詩はそのまま俯いた。
「浅葱くん……ごめん……!」
声は涙に溶けた。
そのとき、コンコンと扉が叩かれる。
返事を待つ間もなく、開かれた。
「……水島本部長」
低い声が室内を支配する。
そこに立っていたのは、特別災害監察局……通称、特災観の城戸だった。
複数の監査官を従え、冷たい影を詩に落とす。
「特災観への報告義務を無視し、白楼地区および住民を切除。更に該当地域を対侵食データ保全のための実験区域に指定。職員を実験体として送り込んだ。その記録も残っている」
淡々と告げながら、城戸は報告書を差し出した。
詩の瞳が見開かれる。
「……え?」
脳が理解を拒む。
記録に押された印章は確かに水島詩そのものであった。
「そんな……これは……!?」
「対侵食異能の特別管理対象……衝裂持ちの浅葱海莉。白楼地区へ単身送る手配をしたのも、あなたですね。証拠隠滅のため、行方不明扱いにしたという報告もある。複数の証人が出ています」
城戸の声は、冷静で残酷だった。
「違います! 浅葱くんは……!」
詩の叫びが、静まり返った室内に響く。
だが監査官たちは無表情のままだった。
城戸は小さく息を吐き、目線を落とした。
「……君のことは信頼していたのだがね」
そして、監査官たちに背を向けさせると、詩の耳元に静かに囁く。
「ここにいたら、君が危ない。信じて欲しい、水島くん」
詩は、僅かに目を見開いた。
城戸の声には、ほんの一滴だけ、本心の揺らぎがあった。
「……どういう、ことですか」
「誰かが、君の名を使った。君と浅葱海莉を同時に“切除”するために」
その言葉に、詩の呼吸が止まる。
「本部の中にいる。君の敵は、外じゃない」
城戸の声が低く響く。
その瞳に宿る色は、因課の本部長に詩を推薦したときの人間そのものだった。
「隠れるんだ、水島くん。今のままでは……君の身が危険だ」
紙の上で震える詩の指先に、一滴の涙が落ちた。
インクが滲み、赤く混ざる。
報告書の印章だけが、なお鮮やかに残っていた。
「……さあ、詳しい話は向こうで聞こうじゃないか」
城戸は目を細め、監査官たちに聞かせるように冷ややかな声で言うと、詩の腕をそっと掴んで連行した。
(一体、誰がそんなことを……。僕の管理不足なのか?)
詩は俯き、導かれるままにゆっくりと歩き出す。
だが、その歩みの中で、決意の色が少しずつ滲んでいた。
(白楼が切除されるなら……僕が、外側からもう一度地図に白楼を描き直す。裏で何が動いているのか、どんな手を使ってでも暴いてみせる)
詩の瞳は、いつもの穏やかさでも、絶望でもなく、真実を突き止めようとする鋭い光を帯びていた。
(浅葱くんが中で必死に戦っている。僕は外側で戦うんだ)
監査官たちに囲まれ、詩はゆっくりと歩みを進めた。
背筋はまっすぐに伸びていた。
その姿を、城戸はわずかに横目で見やり、誰にも聞こえぬほど小さく呟いた。
「……君たちを失うわけにはいかない」
廊下の奥で扉が閉まる。
静寂の中、詩たちの背を遠くから見送る男の唇が、わずかに吊り上がった。
「……本部長は、特災観に囚われたか。ふっ、順当な幕引きだな」
喉の奥でくぐもった笑いが漏れる。
男は片手で通信端末を取り出し、短く通話を繋げた。
「……計画は順調だ。理想主義の水島は排除完了。ホワイト体制を、徹底的に潰す」
低く笑いながら、端末を指先で閉じる。
その目に、わずかな愉悦が滲んだ。
「綺麗事では、国を救えない。人間は管理されるべき者に管理されるものだ」
そう呟くと、男は背を向ける。
薄暗い廊下の奥へと消えていくその背中。
その男こそ、因課幹部である霧嶋だった。
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