エピローグ:覚醒の残滓と、もう一人のライルの感謝

覚醒の残滓と、もう一人のライルの感謝

静かな目覚めと違和感

翌朝。ライル・ゼフィール(転生者)は、頭に鈍い痛みを感じながら、ゆっくりと意識を取り戻した。

目を開けると、見慣れない天井があった。周囲は木の温もりが感じられる質素な部屋で、昨日まで自分がいたアステルの王都の屋敷とは違う場所だとすぐに察した。


(ここは……? そうか、あの時、刺客に首を掴まれて……)


記憶は、辺境伯の刺客に襲われ、リゼが駆け寄ってきたところまでで途切れていた。彼は、自分の無力さに絶望し、意識を失う直前の苦痛を鮮明に覚えていた。


「ぐっ……」


自分の体を触ってみると、驚くほど軽快だった。魔法適性ゼロの肉体特有の重さや疲労感がない。それどころか、体が引き締まり、力が漲っているような、異常なほどの充実感があった。


(体が……全く違う。まるで、極限まで鍛え上げられたみたいだ)


そして、手元にある小さな木製の机の上に、一枚のメモが置かれているのを見つけた。


もう一つの個性からのメッセージ

ライルはメモを手に取った。殴り書きのような、乱暴だが力強い筆跡で、こう書かれていた。


眠くなったから寝る。


もう少し自分で強くなっておけ。


誰からのメモなのか、ライルには分からなかった。アステルからのメモにしては乱暴すぎるし、リゼやカミラの筆跡とも違う。しかし、そのメモには、自分に向けて書かれた明確な意図が感じられた。


(眠くなったから寝る……? 何かの比喩か? そして、自分で強くなれ……)


ライルの脳裏に、断片的な映像がフラッシュバックした。


• 圧倒的な暴力で刺客を叩きのめす、見知らぬ自分の姿。


• 衛兵隊の炎から身を挺して自分を守った、リゼの焦げたローブ。


• 犬の獣人の「アニキ」という呼び声。


• そして、自分がトンカチと釘を握り、真剣に家を建てている、地道な作業の光景。


「まさか……」


ライルは、アステルから言われた「2つの個性」という言葉を思い出した。意識を失っていた間、肉体の主導権を握っていたのは、「この世界本来のライル」の個性だったのだ。


(あいつが、この体で暴れまわり、俺の記憶にある知識を使って、この家を建て……そして、リゼと、獣人たちを仲間にしたのか)


メモの「眠くなったから寝る」は、「転生者ライル」に肉体の主導権を戻すという意味。そして、「自分で強くなれ」は、「暴力的な個性」からの、「知識だけでは生き残れない」という、この世界の真理を突きつけるメッセージだった。


感謝の言葉と新たな決意

ライルは、目の前に広がる状況を把握した。

傍らには、穏やかに眠るリゼと、疲労困憊で眠りこけている三人の獣人たちがいる。彼らは、ライルの無謀な行動と、その後の宴で、限界まで疲れていたのだろう。


そして、机の上には、自分と獣人たちの間に生まれた「絆」という、何物にも代えがたい成果が残されていた。


ライルは、その暴力的で冷酷な個性に、言い知れない感謝の念を覚えた。


(あいつは、俺が持つ倫理観や知識を否定した。だが、俺の無力さでは絶対に成し得なかった、「居場所」と「力」を、この体と仲間に与えてくれた)


ライルは、机の上のメモに向かって、静かに語りかけた。


「……助けてくれて、ありがとう」


その言葉は、「転生者ライル」から「この世界本来のライル」への、初めての相互理解のサインだった。二つの個性は、まだ完全に統合されてはいないが、確実に協力関係を結び始めていた。


ライルは、立ち上がり、窓の外の朝日を見た。彼の瞳には、転生者の知識だけでなく、覚醒した個性が残した「暴力的な力への理解」と、「この居場所を守る」という強い決意が宿っていた。


(アステル兄さんが作った「地味な土台」の上で、俺自身の「革命」を始める。もう、誰にも頼らない。知識と力、この2つで、俺自身が強くなる)


転生者ライルが意識を取り戻し、二つの個性が協力関係に入り始めました。彼は、覚醒した個性の残した「力」と「仲間」を基盤に、自身の革命を本格化させるでしょう。

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