迫害の論理と、兄の投じる一石


革命家の内なる葛藤

辺境伯からの獣人捕獲依頼を兄アステルが拒否した後、ライルの心には深い安堵と共に、一つの重い疑問が沈殿していた。


(兄さんは俺の信じる正義を盾に、あの依頼を断ってくれた。だが、俺は本当に正しいのだろうか……?)


ライルがこの世界の価値観に疎いからこそ、数日前の依頼が奴隷密猟と大差ない行為だと直感的に理解できた。獣人といえど知性を持つ彼らをペットとして捕獲することは、「人間は平等であるべきだ」という、ライルの前世の倫理観に真っ向から反する。それは、この世界の成り立ちからして間違いを示唆する行為だ。


しかし、ライルは前世の歴史を思い出す。奴隷制度だけでなく、土地に縛られた農奴など、「人間の優劣」によって社会が成り立っていた時代は確かに存在した。そして今、この世界もその構造を抱えている。


ライルは自問する。

(もし、俺が兄さんのような力を持っていたとして、獣人が悪意ある人間に襲われたら、迷わず守れるだろう。だが、もし大衆が獣人を指差して迫害し、石を投げるようなことがあったら? 俺は、その全ての敵意に対し、獣人に手を差し伸べられるだろうか?)


この世界では、獣人や異種族への迫害を良しとする「風習」がある限り、それはこの世界の「自然の摂理」として機能してしまう。ライルは、自分が理想とする正義と、この世界の現実に横たわる深淵な溝を痛感していた。


(兄さんは、どんな強い力を持つ存在でも、人間であることに変わりはないという考えに帰結し、それを『個性』と称した。そうであるのならば、なぜこの世界では、その個性が認められず、貴族制度という名の「優劣」が成り立っているのか?)


ライルは、魔法も使えない自分を馬鹿にする貴族たちを見ているうちに、この世界の不平等な構造そのものへの疑問が、抑えきれなくなっていた。


アステルの投じる一石

ライルの内なる葛藤を見抜いたアステルは、その日、訓練から戻ったライルに、熱いハーブティーを差し出した。


「ヴォルカンとの決闘の件といい、辺境伯の件といい、君は今、この世界の『理不尽な優劣』というテーマに頭を悩ませているね」


アステルは、弟の思考を代弁した。ライルは黙って頷く。


「なぜ、僕が『個性』だと断じた力や能力に、この世界は『貴族』や『平民』という優劣をつけ、獣人を『ペット』として扱おうとするのか。なぜ、君の持つ『革命的な知識』が、地味な『無属性魔法』と同様に、真の価値を認められないのか」


アステルは、優しく、しかし真実を突く言葉を口にした。


「それはね、ライル。この世界の貴族や権力者にとって、優劣は『優位性』ではなく、『安心感』だからだ」


ライルはハッとして顔を上げた。


「『個性』とは、常に『変化』を伴う。足の速い人が、歌の才能を持つかもしれない。魔法が使えない君が、世界の仕組みを変えるかもしれないその変化こそが、現状維持を望む貴族たちにとって、最大の脅威なんだよ。彼らは、人々を階級という檻に入れ、『君はここまでだ』と規定することで、世界の不変を保証し、自分たちの地位を『安泰』だと錯覚したいだけだ」


アステルは続けた。


「だから、彼らは僕を『最弱』だと蔑み、君の知識を『魔法ではない無用のもの』として無視する。僕たちの『個性』が、彼らの『安心感』を脅かすからだ」


兄の魔法と弟の革命

アステルは、自身の無属性魔法の本質を、ライルの葛藤に重ねた。


「僕の無属性魔法が、なぜ『最強』たり得るか。それは、『全ての優劣の構造に干渉できる』からだ。僕は、ヴォルカンの『炎が最強であるべき』という自尊心の構造を操作し、崩壊させた同じように、この世界の『優劣の構造』も、僕たちが破壊できる」


アステルは、弟の手を取った。


「僕が『絶対付与』で君に『規格外の力』を与え、人種を問わず誰もが君を馬鹿にできない『絶対的な実績』を積み上げさせる。それは、『魔法が使えない人間が、魔法使いの世界の優劣を覆す』という、究極の『構造への干渉』だ」


そして、アステルはライルの目を見て、結論を告げた。


「ライル。君は、迫害する全ての人間に手を差し伸べる必要はない。君は、君が信じる正義を体現する、革命家でいればいい」


「君の知識と、僕の地味な力で、この世界の『優劣の安心感』という名の檻を破壊するんだ。そうすれば、獣人をペットにすることなど、恥ずべき行為だと、人々が自ら気づく世界になる」


アステルの言葉は、ライルの内なる葛藤を打ち破り、彼が抱いていた不平等の構造への疑問に、明確な答えを与えた。ライルは、自分の知識と兄の力が、この世界の『革命』を引き起こすための、最大の武器であることを確信した。

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