素早さの継承者と、革命家の知識


最弱魔帝の最初の教え

リゼ・ウィルクスがアステルの弟子となって数日。アステルが最初に教えたのは、派手な魔法の理論でも、強力な魔力の運用法でもなかった。


「リゼ。君の『素早さ付与』は、確かに今のままでは地味だ。持続時間が短く、対象も自分だけ。しかし、それは君の魔法が未熟なのではない。まだ、『魔法の出力』が足りていないだけだ」


アステルは、リゼの魔力の流れを観察しながら説明した。


「無属性魔法の本質は、『操作』だ。僕の『絶対付与』が君の全身のステータスを操作するように、君の『素早さ付与』は、君自身の『運動器官の機能』に特化して操作を加えている」


アステルは、リゼにまず教えたのは、魔力を極限まで純粋化し、その出力を最大化する方法だった。リゼの訓練は、岩を砕くことでも、空を飛ぶことでもない。ただひたすら、「走る」ことだった。


「走る? もっと複雑な魔法の訓練では……」


「走るんだ、リゼ。君の魔法の本質は『加速』にある。君自身の肉体で、その加速の限界を知り、その限界を超えたとき、君の『素早さ付与』は新しい段階に入る」


アステルの指導の下、リゼは毎日、日の出から日没まで走り続けた。素早さ付与を使うのは、肉体の限界を迎えた時だけ。そのたびに、地味だったはずのブースト魔法は、少しずつ持続時間を延ばし、出力を増していった。


革命家ライルの洞察

リゼの訓練を、ライルは興味深く観察していた。転生者であるライルは、この世界の魔法理論には疎いが、「運動」や「効率」といった物理学、生物学の知識には長けている。


ある日、休憩中のリゼに、ライルは声をかけた。

「リゼさん。その『素早さ付与』を使うとき、君はどの筋肉に一番意識を集中させている?」


リゼは戸惑った。

「えっと……全身、というか、足の裏全体でしょうか?」


ライルは優しく指摘した。

「それは少し効率が悪いかもしれません。『素早さ』というのは、単に足が速いことではない。重要なのは、『急激な方向転換』と『空気抵抗への打ち勝ち』、そして『地面からの反発力を推進力に変換する効率』です」


ライルは、前世のスポーツ科学の知識を駆使し、リゼに説明した。


「付与の魔力を、足の裏全体ではなく、『体幹(コア)』と『腸腰筋(インナーマッスル)』に集中させてみてください。体幹を強化すれば、高速移動時のブレが減り、安定性が増す。そして、地面を蹴り出す瞬間、『足の指先』に魔力を一点集中させる。これが、最も効率よく推進力を生み出す、『無駄のない動き』です」


リゼは目から鱗が落ちたようだった。魔法使いは、魔力の出力ばかりに意識が向きがちだが、ライルは肉体の構造と効率という、誰も着目しない視点から魔法を解析したのだ。


「素早さ付与」の新しい可能性

リゼは、ライルのアドバイスを即座に訓練に取り入れた。


彼女が体幹と指先に魔力を集中させ、ブーストを発動させた瞬間――彼女の速度は、これまでとは比較にならないほど跳ね上がった。


風が鳴る。


その速度は、音速には達しないものの、視認することは困難な領域。彼女の小さな体は、風を切り裂き、空気抵抗を完全に無視しているかのように滑らかに加速した。


アステルは、その光景を見て、満足げに頷いた。

「見事だ、リゼ。ライルの知識は、僕の魔法の限界を、常に押し広げてくれる」


ライルは謙遜した。「僕は知識を提供しただけです。彼女の『個性』が、その知識を力に変えたんです」


アステルは、ライルに語りかけた。「そして、もう一つ。リゼの『素早さ付与』は、自分にしか使えない。でも、僕の『絶対付与』が君のステータスを操作できるように、付与魔法は対象の『限界値』そのものに干渉する」


「リゼ。君がブーストをかけている瞬間、君は『素早さの限界を越えた状態』にある。その状態を、僕の魔力で『上書き』し、他者に『付与』することができれば……」


アステルが示唆したのは、リゼの短時間のブースト能力を、アステルの絶対付与と連携させることで、第三者に永続的かつ規格外の速度を与えるという、新たなコンビネーション魔法の可能性だった。


リゼは興奮に顔を輝かせた。

「アステル様とライル様の力を合わせれば、私の地味な魔法も、誰かを守る力になれるのですね!」


ライルもまた、兄の魔法の「操作」と、自身の「知識」が、この少女の「個性」を飛躍的に開花させる瞬間を目の当たりにし、自身の存在意義を深く確信した。


無属性魔帝とその弟子、そして異世界の革命家。地味な力と無用の知識を組み合わせた、彼らの新たな挑戦が始まった。

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