最強の矛と究極の盾(ディフレクター)
雷鳴の決戦場
決闘の舞台は、王都から遠く離れた岩山地帯。人目につかず、エレナが遠慮なくその破壊力を解放できる場所だった。
対峙する二人の魔帝。エレナの全身からは、青白く激しい雷の魔力が噴出し、地面の岩を焦がし、空気そのものをビリビリと震わせている。彼女の瞳は、純粋な闘争心で燃え上がっていた。
「アステル! やっとお前の全力を引き出せる! 後悔するなよ、この世の全てを焼き尽くす雷鳴の力に挑んだことを!」
エレナは歓喜の叫びと共に、自身の代名詞である超広範囲殲滅魔法『絶対雷霆(アブソリュート・サンダー)』を起動させた。空一面が暗雲に覆われ、巨大な雷の槍がアステルめがけて無数に降り注ぐ。それは、山一つを消滅させるほどの、五大魔帝の中でも屈指の破壊力だった。
一方、アステルは静かに杖を構える。彼の周りには、何の変哲もない、地味な無色の魔力しか漂っていない。その静けさは、目の前の圧倒的な破壊と極端なコントラストを成していた。
「エレナ。君の雷は美しい。だが、その美しさは、僕の『操作』の範疇でしかない」
破壊力の無効化(キャンセル)
無数の雷槍がアステルに迫る。しかし、アステルが使うのは、派手な防御壁でも、属性を相殺する魔法でもなかった。
彼は、自分の周りではなく、雷の魔力そのものに、極限まで精製された無属性魔力を接触させた。
『無属性魔法・干渉操作(インターフェアランス・オペレーション)』
エレナの放った雷槍は、アステルに触れる直前、まるで空中で霧散したかのように、パチパチという音と共に消滅し始めた。
「な……!?」
エレナは目を疑った。雷魔法が消えたのだ。相殺されたのではない。アステルは、雷の魔力に含まれる『属性の意志』を、無属性の純粋な魔力で『上書き』し、その力の結合を解体していたのだ。
アステルは静かに説明した。
「君の雷魔法は、空間の魔力を操作して熱と電気を生み出し、目標を破壊する。僕の無属性は、その『操作の過程』そのものに干渉する。君の魔法が目標に到達する前に、『魔力としての存在意義を失わせる』。これが、僕の極めた無属性魔法だ」
「相性が存在しない? 違う。僕の無属性は、全ての属性の『根源的な構造』を操作できる。だから、君の破壊力は、僕には一切届かない」
奪われた矛
エレナは焦りを覚えた。彼女の絶対的な攻撃が、何の効果も持たない。ならば、接近戦に持ち込むしかない。
「ならば、極限まで圧縮した雷を直接叩き込む!」
エレナは自身の右腕に、全てを貫くための雷を集中させた。まるで雷神の拳のような、青白い光の塊が生まれる。
『極限圧縮・貫雷(ボルト・オブ・ペネトレーション)』!
エレナは凄まじい速度でアステルに肉薄し、その拳を放った。
アステルは微動だにしない。彼は、杖を振るうことすらなく、エレナの腕の表面に流れる魔力に、無属性魔力を一瞬だけ接触させた。
『無属性魔法・付与反転(エンチャント・リバース)』
その瞬間、エレナの右腕の雷光が、彼女の意思とは関係なく逆流した。
「アッ!?」
自らの雷撃が、彼女自身の肉体を貫く。しかし、アステルは『死なない程度に』、エレナの身体の耐久力を操作しているため、致命傷にはならない。ただ、激痛が走り、エレナは膝を折った。
アステルは淡々と告げた。
「君の魔力は君自身の意志で動いているが、その魔力を身体に定着させているのは、『自己付与』という無意識の魔法だ。僕の無属性魔法は、その自己付与を『解除』し、さらに『反転』させる。結果、君の雷は、君自身のエネルギーを奪い去る凶器と化す」
「君の魔法は、君の肉体を蝕む内側からの凶器になった。もう、君は魔法を使えない」
エレナは、激痛に耐えながら顔を上げた。彼女の全身から雷の光が消え、まるで力を全て抜き取られたかのような無力感が漂っていた。
「くそっ……! 最強の破壊魔法が、ただの操作で……!」
アステルは、地面に崩れ落ちたエレナの前に立ち、静かに杖を置いた。
「僕の無属性魔法は、攻撃をしない。ただ、相手の魔法を、相手自身にとっての凶器に変えるだけだ。だからこそ、僕はその力を脅しに使うことを良しとしない。それは、僕の哲学に反するからだ」
彼はエレナに手を差し伸べた。
「君の敗因は、僕を動かすための『大切な人への脅迫』という禁忌を犯したことだ。ライルを脅せば、僕は僕の哲学を曲げ、この力を君に牙を向かせる。君は僕を動かし、そしてその代償を支払った。それだけだ」
アステルは最後に、エレナにだけ聞こえる声で告げた。
「君は、僕がライルに与えた『絶対付与』と、この『干渉操作』、どちらが真に世界最強の魔法だと思う?」
エレナは、痛みと屈辱の中で、理解した。
「……お前が、誰よりも最強だ」
彼女の闘争心は完全に折られ、そこに残ったのは、アステルという存在への、純粋な恐怖と尊敬だけだった。
終戦の波紋
この決闘の結果、雷の魔帝エレナは、アステルに敗北したことを誰にも語らなかった。しかし、彼女の口から漏れる「無属性の力は、雷よりも恐ろしい」という言葉と、彼女がアステルに二度と決闘を申し込まなくなった事実から、世界はアステルの力を再評価し始めた。
「最弱」ではない。彼は、戦うことすら必要としない、究極の戦略的強者なのではないか、と。
そして、この事件は、アステルが裏で進める『弟の株を上げる』計画の、最終的な後押しとなった。
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