星に還る記憶
@tako8008
一章 死の光
呼吸が、ほどけていく。
鼓動が、遠のくたびに、音が柔らかく溶けて消えていく。
老人——**桐生誠司(きりゅう せいじ)**は、
ベッドに沈みながら、窓の向こうに滲む夜空を見つめていた。
呼吸器の小さな音が、まるで遠い波のように上下している。
「……誠司さん、聞こえますか」
孫の声がする。手を握る温もりが、まだ現の世界に自分を繋ぎとめていた。
それでも、目の奥ではすでに違う光が瞬き始めている。
病室の灯が、星のようににじみ、
空気が淡く歪んでいく。
——ああ、終わるんだな。
だが、恐怖はなかった。
むしろ穏やかだった。
「人間は死ぬとき、何を見るんだろうな……」
声にならない問いが、心の中に落ちていく。
次の瞬間、音がすべて止まった。
真っ白な光。
粒子が弾けるように身体が解け、意識が無限に拡散していく。
星々の間をすり抜け、銀河がひとつの帯のように流れていく。
自分が“何か”から“何かへ”移ろっていることだけは、
確かに理解していた。
——どこへ行くんだ、俺は。
問いに答える声はない。
ただ、重力も時間もなく、
光よりも速く漂う。
すると、遠くに小さな点が見えた。
最初は星のように思えたが、近づくにつれてそれは“青”に染まる。
どこか懐かしい、柔らかい青。
その青の中心へと吸い込まれるように進むと、
突然、耳をつんざくような産声が響いた。
意識が弾ける。視界が回転し、暗闇の中に光が刺す。
——泣いている? 俺が?
小さな手、小さな息、
肌を包む温もり。
それは病室の白とは違う、
始まりの白だった。
桐生誠司は、その瞬間、
新しい名も知らぬ少女として、再び呼吸を得た。
けれど心のどこかで、確かに覚えていた。
あの星々を。
あの声を。
そして、自分が一度死んだことを。
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