落ちてきた神様は、捨て子じゃありません! ちょっと“学び直し”に出されただけ。

香樹 詩

第1話 落とされた女神

「なぜ妾が追放なのじゃ?

妾は何もしておらぬ。


誰か、妾は悪くないと説明しておくれ。

ほらセレナ、其方がちゃんと皆に言っておくれ、妾は何もしておらぬと」


後ろに立つ儚げな女性に訴えるが、

顔を覆って泣くばかりで口添えは望めない。


それどころか、女性の肩を抱いた大男が眉間に皺を寄せて声を荒げた。


「本気で言っているのか? お前がセレナのドレスを破っておいて」


「妾は破ってなどおらぬ。

セレナが引っ張るから破れただけのこと。


それに、あのドレスは妾が着た方がよく似合う。

それの何が悪いのだ?

なぜアースが怒るのじゃ?」


「あのドレスは、この俺がセレナに送ったもの。

それを勝手にお前が着るなどありえない!


デウス様、こいつには話が通じない。

心が無いのだ! 相手を思いやる心が!」


アースの切実な訴えに、一人、目を閉じて耳を傾ける初老の男性。

白髪と長い顎髭が彼の威光を後押ししている。


デウスは静かに、そしてゆっくりと目を開けて重い口を開いた。


「確かに、足りんのかもしれんな。

我々が初めから得ているものを、この子は持って生まれなかった。

それが、故意なのか必然なのか」


顎に置いていた手を、そっと前に翳すと厳かに告げる。


「―――さぁ、行っておいで。

そこで探してみるといい、その答えを」



彼こそこの天界の長、創造神デウス。

この天界を束ねる者。

ここは十余りの神々と、百を超える天界人が住む世界。


この場所は、神々が生み出し守護する世界を、

天界人と共に見守るところ。


神々は人の形をとってはいるが、

人の子のように母の腹から生まれるわけではない。


世界の芽が誕生すると、天界の神々が一斉に祈り、新たな神を作り出す。


その祈りから生まれた神は、

自らの力で世界の芽を育て、「人間界」を作り出すのだ。


神は神の祈りから生まれる。

しかし神の起源となる創造神デウスだけは、その始まりは謎のまま。

どのようにして誕生したのか誰も知る術がない。


神の始祖とも言える、デウスが静かに告げた。


「ディセルネ(Discerneur)、そなたの名は“見極める者”。


今一度、己を振り返り、

何か足りないのか、どう在るべきなのか。


その名の通り、見極めておいで。

其方自身を、そして其方の生み出した世界を。


その答えが出たなら、今回の出来事も飲み込めるはず」


薄れゆく神に、慈悲の言葉と視線が降り注ぐ。


眩い光の線が、真っ直ぐに進み彼女を包む。

その圧倒的なまでの神力に、誰かが息を呑んだ。


あぁ、妾の手が……。

あぁ、妾の足が……。


少しずつ体が透けて、向こう側が見える。


なぜ、どうして……。

浮かぶ冷や汗と、回らない口。

呼吸だけが、ハクハクと空を切る。


「デウスさま、妾は何もしておらぬ。

なぜ……このようなことを!」


目の前の創造神デウスに向かい、

掠れる声で必死に叫ぶディセルネ。


その訴えは、受け止められることなく、

彼女を下界へと送り出した。


「デウス様、ディセルネは物事を知らないだけなんです。

きっと一人では生きて行けない。


どうか、私が共に行く許可を!」


そう言って、一匹の神獣が前に出てきた。


デウスはゆっくり頷き、神獣に手をかざす。

光の粒となった彼もまた、ディセルネと共に下界へと向かった。


先程追放されたのは、女神ディセルネ。


輝く金色の髪に、白く透き通るような滑らかな肌。

深い海を写したような大きな瞳。

すっと通った鼻筋に、桜色の唇。


この神の守護するものは「美」そのものなのかと勘違いするほどの美しさ。


そのためか、この世界に生を得てから現在までのディセルネは、

とにかくチヤホヤされて過ごしてきた。


瞬き一つで誰かが侍り、

首を傾げれば誰かが尽くす。


それが当たり前だと疑いもせずに生きてきたディセルネ。


いいように言えば「純粋」。

的確な表現で言えば「傲慢でワガママ」。


そんな彼女も神の一人であり、

世界を生み出す力を持っていた。


彼女の生み出した人間界「ベネディグティオ」。

「神の祝福」を名に持つ人間の世界。


それはそれは、彼女に似て輝かしく美しい景観。

そう、器だけなら豊かで満ちたりた世界。


だが実際は、人々は欲に忠実で、

どちらかと言うと怠惰な人々の集まり。


損得勘定で動き、

自らの利にならなければ手を貸そうともしない。


いわゆる“ワガママな人”が多くを占めると言い切っても過言ではない、そんな場所。


「子は親を見て育つ」ではないが、

それが当てはまるのが、この神々が生み出した世界なのだ。


だってここは、神自身の写し鏡のような存在なのだから。


まるで、自分の内側に落とされたディセルネ。


神の力も、権限も、その美貌もなくした彼女は、

いったいどうやって天界へと戻るのだろうか。


今ここに、ディセルネの旅が始まる……⁉︎


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