例の封筒について
わたねべ
第1話
僕がそれを拾ったのは五日前のことだ。
出先からの帰り、玄関に真新しい封筒が落ちているのを見つけた。
——誰宛ての郵便物だろう?
そう思いながら拾い上げた封筒には、宛先が書かれていない。
僕の家に宛てたものかはわからないが、敷地内に捨てておくわけにもいかず、いったん持ち帰って中身を確認することにした。
濃い茶色の封筒は、ルームライトにかざしても中身が透けない。
あきらめて封を切ると中には、巻三つ折りの、白い汎用紙が入っていた。
あ ま て る お う
紙の真ん中には、意味をなさないひらがなが羅列されていた。
明朝体だろうか。無機質で角ばった文字は、少し不気味に感じたのを覚えている。
そのあと僕は、この不思議な紙を、承認欲求を満たすためだけにSNSへ投稿した。その投稿には「玄関に落ちてた封筒にこんなの入ってた。あまてるおうってなんだ?」そんな文章を添えていた。
周りからの反応は気になっていたが、その日は習い事で疲れていたため、いつもより少し早めに眠りについた。
次の日、学校へ行くと、その投稿を見た友人が「昨日のあれいいの?これみてみ」と言いながら、スマホを突き出してきた。
そこに書かれているコラムの内容は「家の前や道端にインパクトのあるものを置く。その後、置いたものに関する内容をSNSで調べて、拾った人物の生活リズムを把握する。そして、家主のことを襲ったり、空き巣に入ったりする。」というものだった。
「まさにそうじゃないか」と焦った僕は、SNSで「あまてるおう」と、すぐに検索をかけた。しかし、出てくるのは苺の話や、部分一致の単語ばかりで、「あまてるおう」という単語の羅列を投稿したのは、僕だけしか見当たらなかった。
一緒に眺めていた友人も一緒になって「やばいやばい」と焦り、冷汗をかきながら昨日の投稿を削除した。その場では「これで大丈夫でしょ」と、安心したのもつかの間。
普段の投稿内容を振り返り、再び不安が込み上げてきた。
学校についた時、学校が終わった時、習い事が終わった時。僕の投稿から、生活リズムを把握することなど容易だった。さらには、プロフィール欄に通っている学校名を記載した友人や、教室の住所を記載している習い事の先生と、やり取りしていたことを思い出す。
あまりにも愚かなリテラシーに、その時ばかりは自分を殴りたくなった。
その日の昼休み、ひどく落ち込んでいた僕の肩を、友人がバンバンと勢い良くたたいた。「これをみてみろ!」と、担任に預けないで隠していたスマホには、僕以外の誰かが投稿した「あまてるおう」の文字があった。
「画像だけの投稿とか、ほかのSNSとかも含めたら、何件かあったんだよ!
ただ、やっぱりどれも、犯罪者の情報収集じゃないかってコメントがあるね」
ほかにも同じ状況の人がいる安堵と、やはり犯罪に巻き込まれてしまうかもしれない恐怖。二つの感情がぐるぐると渦巻く僕は、よっぽどひどい顔をしていたのだろう。「お前はすぐ消したし絶対大丈夫だよ」なんて、まったく根拠のない慰めの言葉をもらってしまった。
その後も不安が解消されなかった僕は、毎日のようにほかの投稿者たちのアカウントを、欠かさずチェックしていた。何かあればすぐに、警察に駆け込もうと思っていたからだ。
そして今日の朝、いつものように学校についたタイミングでアカウントの巡回を始めた。すると、一つのアカウントが「空き巣被害にあった」と投稿しているのを見つけた。
しかも、その空き巣グループを捕まえて、警察に突き出したらしい。
これまでの緊張が、ぱっと晴れた僕は、友人にもこの話を共有しようとしたが、どうやら今日は休みのようだった。
習い事を終えて家に帰った後、いつものように色々済ませて布団に入る。
今朝、友人に送ったラインは、未だに未読のままだった。
例の封筒について わたねべ @watanebe
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