23話:ラストバトル
23話「心繋」①
■前口上■
人が何かを願う力はとてつもないエネルギーを持っている。
願いは行動を変え、未来を変え、世界を変える。
どんなに小さな願いでも、世界を変えるだけのエネルギーを保有している。
プロ野球選手になりたい、好きな子と付き合いたい、痩せたい。
しかしそれらの多くはいつの間にか消え、忘れられてしまうだろう。
それではその消えたエネルギーはどこへ行くのか。
世界を変えるほどの強い力は、どこに行くのか。
人の願いは、集まり、溶け合い、燻って――
――人を殺すバケモノに成る。
カニバル殺しの堂嶋ミライは、最愛の恋人、麻湖の命を救うために彼女をカニバルに変えた。
しかし、人間をカニバルに変えるのは禁忌の行為。人間の命に価値を見いだせなくなったミライは、上位カニバルに成ってしまう。
時に対立しながらも共に戦ってきたもう一人のカニバル殺し、樋波燈はなんとかしてミライを人間に戻そうと四苦八苦したが、結局有効な手段は見つからなかった。
世界中の人を笑顔にしたいという馬鹿みたいな夢を真剣に語っていたミライが人を殺す前に、殺すしかない。
燈は覚悟を決めて、ミライをある場所に呼び出した。
海沿いの巨大廃倉庫。
そこは、かつて燈の恋人である塔子と――上位カニバルのルルドが死んだ因縁の場所だった。
ミライと燈が初めて横に並んだ、最終決戦に相応しい場所だった。
■特別オープニングにつき主題歌無し■
「来たか」
巨大倉庫の扉が開き、隙間からわずかに光が差し込んできた。
燈はゆっくりと立ち上がって、扉の方に目をやる。
そこには、全身を灰色の装甲で覆われた人型のバケモノが立っていた。
堂嶋ミライの成れの果て。
人間の命に価値を見いだせなくなった、人殺しのバケモノ。
「ここは――ルルドを倒したところじゃないですか。案外女々しいところがあるんですね、燈さん」
ミライはきょろきょろとあたりを見渡しながら、燈目掛けてゆっくりと歩を進める。
「いや、案外でもないか。甘党だし」
「甘党なことと女らしいってのは関係ないだろうが、そんな時代でもないしな」
「別に女々しいって女性的だって意味じゃないですよ。古くから存在する単語なんだから、現代の女性は関係ありません。その当時のイメージにおける女性らしさを表現する単語だから、甘党は女々しいであってます」
「…………」
燈は気が狂いそうだった。
その発言ひとつひとつが完全に堂嶋ミライのそれだったからだ。
少し皮肉屋で詭弁屋なところも、気付かないうちに地雷を踏み抜くところも。
もちろんカニバルと成ったミライと対面するのはこれで三度目なので、彼と会話が成り立つことは既に知っている。
知っているが、それでもやはり頭がおかしくなりそうだった。
今からこいつを殺さなければならない。
ルルドも人語は通じたが、思想が完全に相容れなかった。生きていていい思想ではなかった。それにルルドは最愛の恋人、塔子を殺している。だからルルドと戦うことには何の躊躇もなかった。
今のミライの思想も、この世に生きていていいものではないと頭では理解しているが、どうしてもカニバル化前の彼の姿がチラついてしまう。それに、塔子を殺したルルドと違い――ミライは麻湖を救おうとしてあの姿になっていた。
「でもまあ、躊躇したほうが負けるわな」
燈は拳を強く握りしめてから、全身の力を抜いた。
「お前の過去について調べたよ」
「過去? あぁ、僕の弱点でも見つけるつもりだったんですか」
燈は頷いた。
彼の夢やその動機をもっと詳しく探るために、ミライの両親や友人、小学校の担任にまで会った。
「なんかありました?」
その結果、得られたものは何もなかった。
堂嶋ミライには何もない。
それが燈の出した答えだった。
壮大で馬鹿げた夢を本気で抱くに相応しい過去は、彼には存在していなかった。
誰ひとり――親や友人すらも、彼の夢は知っていたが、その夢の根源を知らなかった。
「本当は麻湖さんにも聞きたかったんだが、生憎でな」
「そういえば麻湖はどうなったんです?」
「気になるか?」
「いや、別に」
「チッ、なら聞くな」
燈はそう吐き捨てた。
「俺の調査の結果、残念ながらお前に弱点となるような過去は何ひとつとして存在していなかった。というか、お前には特筆すべき過去が何ひとつとして存在していなかった」
そう言うとミライは鼻で笑って「酷いな、燈さんは」と言った。
「何もなくはないでしょう。真面目に部活をやっていたし、友だちも多かった。それなりに難しいとされる国立大学にも進学したし、恋人だっていました。むしろそれなりにいい人生なんじゃないですか?」
「ああ、素晴らしい人生だよ。きっとてめぇはカニバル殺しになんてならなければ、一流企業に就職して、望むのなら結婚して、幸せだと認識しながら生きていっていただろう。できれば俺が歩みたかった人生だよ」
婚約者を失い、一流企業を退職した燈は噛みしめるようにそう言った。心の底から、そんな人生を歩みたかったと思った。
「だったら――」
「でも、そんな人生を送っているやつはな――世界中の人を笑顔にしたいなんて思わないんだよ」
「ふぅん?」
「そりゃ誰だって、世界中の人が笑顔でいればいいなって思うさ。でもお前みたいに幸せに生きてたら、お前に関係のある人間が幸せであることを優先するはずなんだよ。お前は病的だ。自覚もあっただろうし、お前を知る人間も全員、異常だと思っていた」
「あはは、酷いな、二回目」
「人間が異常になるためには、なんらかの強い動機が必要だ。だからお前にもそれなりの過去があると思っていた。でもお前にはなにもなかった。弱点どころか、過去がなかったんだ」
燈とミライの距離が、近付いていく。
お互いに武器は構えていなかったが、ミライは固有能力の【放出】があるため、ノーモーションから致死の弾丸を放つことができる。
燈は、これが最後の対話のチャンスだと思った。
今さらミライが人間に戻るとも思えなかったが、この倉庫から出るときにはどちらかが死んでいるだろう。
だから燈は、最後に質問を投げた。
「なぁ、堂嶋ミライ。どうしてお前は、世界中の人を笑顔にしたいなんて思ったんだ?」
「……」
ミライは無言で考え込む素振りをして、答えた。
「燈さんの――それと、燈さんが話を聞いた人たちの言った通りですよ。特にきっかけなんてありません。ただその方が、楽しいじゃないですか」
「だが、本当に何もなかったら」
「何もなかったからですよ!」
ミライは少しだけ声を荒げた。
「僕にはなにもない、なにもなかった。ええ、そうですよ。親は健在だし友だちもたくさんいた。他人から羨ましがられるような人生でしょう。でも僕には、何もなかった。夢も乾きも欲望も、何もなかった。小学生の時、将来の夢を書けなかった。なんとなく、みんなが笑顔なほうがいいなと思って世界平和って書いた。中学生の時、やりたいことを思いつけなかった。なんとなく、みんなが笑顔なほうがいいなと思ってボランティア活動をした。高校生の時、進路希望を出せなかった。でもなんとなくずっと、みんなの笑顔のために生きてきたから――いつの間にかそれが人生の指針になっていて、将来の夢になっていた。だから僕には過去なんてないんですよ」
ミライは早口でそうまくしたてて、頭を掻きながら言葉を締めた。
「過去がないのにどうしてそんな壮大な夢を、じゃない。過去がないから、です」
燈は、それが隙になるとわかりながら少しだけ目を閉じた。
「……自分語りありがとうよ」
「ええ、ええ。この程度でよければいつでもやってあげますよ」
「でも、だったらお前、今はどうなんだ? まだその夢を追いかけることはできるだろう」
声を荒げるくらい感情が乗っていたというところに、燈は希望を抱いた。
しかし、その希望はすぐに砕かれた。
「どうせ人は死ぬのに、笑顔でいる必要なんてあります?」
「…………」
燈は息を吐いた。
もう、ミライは変わってしまった。
頭を切り替える。
彼のことを同じ能力を持つ仲間ではなく――上位カニバルとして扱う。
「ここで終わらせようや、ミライ」
「そうですね、燈さん」
燈は勢いよく空間を切り裂いた。
その瞬間、ミライの【放出】によりノーモーションから弾丸が飛んでくる。
燈はストンと体を落としてから横に転がり、弾丸を回避をした。
「まーた不意打ちか、芸がないな」
「相手の隙をつくのは普通のことでしょう」
燈の回避した先に、弾丸が先回りして置かれていた。
――堂嶋ミライの未来を読む戦い方だった。
避けきれないと判断した燈は左手で弾丸の側面を叩き、赤黒い亜空間に手を突っ込む。
「うわ、弾丸を掴むんじゃなくて弾くのは想像してなかった、燈さんて本当に人ですか?」
「想像力が足りてねぇよ! お前の想像する最悪の、さらにもう一段下を想像しておけ」
剣を引き抜き、二人は対峙する。
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