13話「覚醒」⑤

「これは――どういうことだ」

 動いていないが、塵にもなっていないカニバルを見て、あかりはミライに問いかけた。

 しかしミライはその問いかけに答えられなかった。

 ミライも、自分の作戦が無事に成功したかどうか判断するために固唾を飲んで見守ることしかできなかった。

「おい、おい! なんでてめぇの弾丸が当たってんのにカニバルは死んでねえんだ、なにをした!」

「……」

 燈がミライの両肩を掴んだ瞬間、カニバルの体を一陣の風が包んだような気がした。

「あ」

 その風に吹かれて、灰のような、塵のようなものが舞った。


 カニバルの核をカニバル殺しの武器で貫くと、通常跡形も残らず塵になる。

 今回も例に漏れず塵が舞ったが、その舞い方がこれまでと違うように見えた。

 通常は全身が一気に崩壊していく。しかしこのカニバルは――。

「なんだ、何が起きている」

 十秒ほどかけて、クワガタのような頭部や、全身を包む装甲剝がれていった。

 その奥から、一糸まとわない姿の中年の男性が姿を表していく。

「よし――よし!」

 ミライは小さくガッツポーズをした。

 状況が呑み込めず呆然とする燈を押しのけて、上着を脱ぎながら男性に近づく。


「大丈夫ですか!」

 地面に倒れこんだ男性は意識を失っていたが、カニバルの名残は完全に消えていて、確かに呼吸をしていた。

 弾丸で撃ち抜いた両足にも傷は全く残っておらず、服を着ていないこと自体はカニバルに変わる直前に戻ったように見えた。

 ミライは上着を羽織らせてから、地面にへたり込んだ。

「よかった、本当によかった。これで――これでもっとたくさんの人を笑顔にできる。カニバルに成った人も救うことができる!」


 ミライがそう言った瞬間、背後からドサリと鈍い音がした。

「えっ、燈さん?」

 慌てて振り返ると、燈が膝から崩れ落ちていた。

「燈さ……」

 駆け寄ろうとしたところで、ミライは麻湖まこの言葉を思い出した。


 ――『あの人たぶん、恋人がカニバルに成ってますよ』


 本人の口から聞いたわけではなかったが、麻湖の言う通りだろうと直感していた。

 ただでさえ燈はミライに敵意を向けている。

 そのミライがカニバルを人間に戻すことができたとして――気持ちよくはないだろう。

 燈は優しい人だ。

 もしかすると、ミライの成し遂げた行為に対して気持ちよく賞賛出来ない自分に、さらに腹を立てているかもしれない。

 そう思って言葉を飲み込むと、予想通り燈は「――塔子とうこさん」と女性の名前を呟いた。

 ミライの知らない、燈の過去。

 カニバルに成り、五十人もの人間を惨殺した燈の婚約者。


「なんで、なんで――」

 燈は俯いたまま地面に拳を振り下ろした。

「――なんで、俺にはできなかった」

 ドン、と地面に振動が伝わる。

「なんで。今になって――」


 なんであの時、お前は来てくれなかったんだと言いかけて、燈は自分の顔を自分で殴りつけた。


 それだけは言ってはいけない言葉だった。

 ミライに責任はない。

 むしろミライは、カニバルに成ってしまった人間を基に戻すという偉業を達成してのけたのだ。

 褒められるべきであって、決して負の言葉を投げつけられるべきではない。

 わかっていた。

 どれだけ思想が気に食わなくても、どれだけこれまで対立していたとしても。

 ミライに悪い点はひとつもなく――それを指摘するのはお門違いだった。


 そこから少しの間、燈は動かなかった。

 ミライも動けず、立ちすくんでいた。

 三分が経った頃、燈は俯いたまま「救急車、呼ばないとな」と言って電話を取り出した。

 カニバルだった男性は規則正しく呼吸をしており、命に別状はないように見えたが、病院で診てもらう必要はあるだろう。

 燈の感情を押し殺した声を聞いて、ミライは胸が苦しくなった。


「――同情は要らないからな」

 燈はそう呟いた。

「燈さん……」

 ミライがかける言葉を探して目を彷徨わせていると、燈は何事もなかったかのように119番へ電話を掛け始めた。

「はい、男性が倒れていて。呼吸はしています。はい」

 礼儀正しく余所行きの声で燈は市民の義務を果たした。

 電話を握っていない方の拳が強く握りしめられていることをミライは見逃さなかった。


「あと五分もすれば救急車が来る。てめぇもそれまでにいなくなっていたほうがいいぞ。上着も回収しておけ、カニバルの話をするのは――面倒だからな」

「あの、燈さん。大丈夫――ですか?」

「大丈夫なわけ、ないだろ。でもそれはお前には関係ない。関係ないことだ。あと」

 燈はミライに背を向けて歩き出した。


「お前は凄いよ」



 その言葉を口にするために、どれだけの言葉を飲み込んだのだろう。

 ミライは素直に受け取れず、目を閉じて俯いた。

 遠くで救急車のサイレンの音が鳴っていた。

 もうじきここに人が来る。

 燈の警告通り、それまでにはここを去っていたほうがいいだろう。


「もう少し早くカニバルに出会っていたら、燈さんの恋人も救えたかもしれないのにな、なんて言っても仕方ないんだけど」

 言っても仕方のないことだからこそ、ため息と一緒に吐き出した。

 これまでを振り返っても仕方がない。

 ミライが殺してしまった人たちを悔いても、どうしようもない。


 僕にできるのは、これからだ。

 これからカニバルに成ってしまった人を救うことと――


 ――すべての元凶であるルルドを倒すこと。


 ミライは強くこぶしを握り締めてから、麻湖の待つ家へ帰ろうと原付に跨った。

 途中ですれ違った救急車に心の中で会釈をしてから、ほんの少しだけスピードを上げた。

 モヤモヤを振り払うように。


♪エンディングテーマ♪



■次回予告■


麻湖「人間に戻すことができたんですね!」


燈「あいつがカニバルを人間に戻すのは、きっと簡単なことじゃない。極度の集中が必要だろう。油断や隙も生まれるはずだ。だから俺が――露を払う」


麻湖「御褒美タ~イム!」


ミライ「集中しろ、集中。殺さない、殺さない、殺さない!」


燈「間違いねえ、ルルドが遊び出した」


麻湖「せんぱい、もしですよ――」


麻湖「もし、カニバルに成った人間が凶悪な連続殺人犯だったら――それでもせんぱいは救うんですか?」



ミライ「次回、カニバル殺しは手を取り合えない・第十四話・『選択』」

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