13話「覚醒」③

「すごい、じゃあせんぱいはあかりさんをまったく傷つけずに動きを止めることだけができたんだ!」

 家に帰るなり恋人の麻湖まこに、いつもよりボロボロになっている理由を問い詰められたミライは、正直にすべてを話した。

 ここ最近はミライの力も強まっていて、カニバル相手に傷を負うこともほとんどなくなっていた。そんなミライが頬に大きな傷をつけて帰ってきたのだ、心配するのも当たり前であった。


 カニバル殺し以外の一般人がカニバルと遭遇したら、その記憶はすぐに消えていく。麻湖はこれまで数回カニバルに遭遇しているが、そのことを覚えてはいない。

 それに気付いたとき、ミライにはふたつの選択肢があった。麻湖に話すか、隠すか。

 そして彼は包み隠さず全て話すことを選んだ。


 カニバルに遭遇した記憶は消えても、ミライから聞いた話は覚えていられる。これにより麻湖は現実感の伴わないままカニバルの存在を認識することができている。


 今回も、ついに燈と剣を交えたこととその顛末を話した。

 燈に明確な殺意を向けられたこと。

 対抗するために彼に向けて引き金を引いたこと。

 そして、生命エネルギーを充填するときに、一片の殺意も込めないことで非殺傷の弾丸を放つことができたこと。


「その弾丸は僕にとってひとつのブレイクスルーに成りうると思ってて」

「……ああ、たしかにそうかもしれないですね。カニバルを殺さずに人間に戻すのがせんぱいの当面の目標ですもんね」

 麻湖はミライが元人間を殺しているということも当然知っていた。しかしそれをどうこうは思わなかった。ただ、それを知ったことでミライがどうこう思うんじゃないかという心配だけをしていた。

 実際、ミライは事実を知った直後は少なからず動揺していたし、今でも何とかできないかとずっと悩んでいた。


 その悩みが今回の経験で解決するかもしれない。


「最近は怪我することすらなくなってきたとはいえ、カニバルとの勝負は命懸けではあったんだ。隙を見せると殺されるかもしれない。だから僕がカニバルを撃ち抜くとき――彼らが人間なんだと気付いてからですら、きっとそこには殺意が含まれていたと思う。僕ですら自覚できない矮小な殺意。でもそれは、殺すという意思には変わりない」

「今回は、心の底から燈さんを殺したくなかった。そしてその願いを銃弾は反映したってことなんですね」

 ミライは頷いた。

 燈と対面しなければ、カニバル殺しの銃で殺さないことができるなどと言うことに気がつけなかっただろう。

 これまでも、「殺したくない」と思いながらリロードしていたことは何度もあった。しかしそれはせいぜい「できれば殺したくない」程度のものだったのだろう。


 燈さんには教えられてばっかりだ、とミライは口元を緩めた。

 それを見て麻湖が眉をひそめた。

「せんぱい、念のためひとつ確認しておきたいんですけど――」

「なになに?」


「それ撃ったあと、燈さんになんか言いました?」


 想定していなかった質問にミライはたじろぐ。

「や、お礼を言ったくらいだったと思うけど」

「はぁ〜、なんでせんぱいは思考のスイッチを入れないとそんなに鈍感なんですか」

 麻湖は大きなため息をついた。

「え、どういうこと?」

「燈さん、カニバルを人間に戻すことについてあんまり好意的じゃないと思いますよ」

「……は?」

 元人間なのに? とミライは疑問に思った。

 確かに燈は口も悪いし乱暴だが、悪意のある人間ではない。

 その燈がカニバルを人間に戻すことに反対だなんて。

「そんなはずないんじゃないかな。喜ばしいことでしょ」



「あの人たぶん、恋人がカニバルに成ってますよ」



「…………あ」

 麻湖がそう言った瞬間、ミライの中でこれまでの言動が一気に紐づいた。


「付け加えると、たぶん自分の手で殺してます」


「…………うん」


「それでも歯を食いしばって戦っているときに、新米の甘ちゃんが気軽に『カニバルを人に戻します』とか言ってたら、そりゃあ不愉快だしあんな対応になりますよね。それに燈さんっていい人だから、たぶん変な希望を持ってカニバルを前に隙を晒すようにならないよう叱咤激励してくれたんだと思います。それなのに、せんぱいがもしカニバルを人に戻せてしまったら――」

「――最悪な気持ちにはなるだろうね」


 ミライは燈の気持ちを想像して気分が暗くなった。

 それでも。

「それでも、もし人に戻せるなら――」

「それはやるべきですよ。そこで気を使ったらそれこそ意味がわからない。あたしが言いたいのは、言動には気を使ってみてもいいかも、という話です」

「完全に納得しました」

 ミライは両手を上げて降伏のポーズを取った。

 麻湖は大きく頷いてから「頬の傷は残っちゃいそうですね」と言った。

「結構ざっくりいったからね。でもかっこいいでしょう?」

「いや、さすがにこの年になると刀傷をかっこいいと思う気持ちはかなり薄くなってます」

「そうかなぁ」

「というか、あれって顔がかっこいいから刀傷も映えるだけで」

「それ以上はやめておかない?」

「あっ、いや、違いますよ。せんぱい、人間は顔じゃないです」

「じゃあ違うくないじゃん!」

「せんぱいは――ほら、クラスで五、いや、三番目くらいにはかっこいいから」

「そこの上方修正は嘘に決まってるじゃん!」

 ミライがおいおいと泣き出すと、麻湖は声を上げて笑いながら優しくミライを抱きしめた。

「大怪我だけど、まだマシな大怪我でよかったです」

「……そうだね」

「できればせんぱいにはもう戦ってほしくはないんですけども」

「ごめん、麻湖。僕も別に戦いが好きとかそういうのは本当になくて、できれば戦いたくないと思ってるんだけどさ」


 ミライは目を閉じて息を吐いた。


「今だけは、早く次のカニバルが出てこいと思ってしまう。僕に救えるのか、早く新しい力を試したいや」


 麻湖は諦めたようにため息をついて、「そうですよね」と言った。


「まあ、カニバルが出ないに越したことはないんですけどね」

「それはそうだ」


 しかし、ルルドが生きている限りカニバルが生まれてこないなんてことはなく。


 この日から二週間後、ミライはカニバル出現の信号をキャッチした。



 

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