風習
風習というか因習に近いような気もするんですけどね。負担が大きいですし……
僕の村には、秋口になると持ち回りで「地蔵磨き」があるんですよ。山道の入り口と中腹あたりにある地蔵を磨きに行くんですけど、これが大変で大変で。
磨くこと自体はたいしたことじゃないんですけどね。変なのは、必ず手桶に村の井戸水を汲んで、山道までの道のりにある黄色の花を摘んでいくんです。名前も分からない花なんですが、必ずそれを摘んでいくんです。毎年同じ場所に咲いているんじゃなくて、年によっては探すのも大変でして。
それで、手桶に水を入れて手には布の端切れと黄色い花。あとは、電子機器は持って行ってはいけない。とにかく退屈なのと、困ったことに手桶の水は、入り口の地蔵で大抵は使い終わってしまうんで、もう一度戻って井戸で汲んで、また戻る。入り口までで片道20分ですよ。中腹の方となると、入り口からさらに15分。これが「地蔵磨き」なんです。
「地蔵磨き」がうちの持ち回りの年、まあ、大抵は父か母が行くんですが、たまたま二人とも都合が悪くて、初めて僕一人で行くことになったんです。道のりもやることも分かってましたから、まあ、不安はなかったんですが、スマホも持ち込めないし音楽も聞けないし、ただただ「退屈だな」と思ってました。
その日が来て、僕は前の年の担当から回ってくる手桶を待ってたんです。手桶は村で共用ですからね。それが朝の10時ごろかな?到着して、僕は村の井戸まで歩いて、手桶に水を汲むんです。ただ、どうにも変で、手桶に全然水が入っていかないんですよ。投げ入れた時に水の音はするんですけどね、どうにも入ってこない。
「変だな」と思って、何度も何度も繰り返して、やっと一回汲めたんで「こりゃ幸先悪いぞ……」とね。だって、また戻って同じことするんですから。
それから、黄色い花を探すんですが、これもまた少し時間がかかって。大抵は同じ場所にもっさりと生えているんですが、その時はちょっと外れた場所に咲いていて、そこまで斜面を下る必要があったんで、手桶を持ったまま……ああ、手桶を床に置いてはいけない、ってルールを伝えるのを忘れてましたね。
それで、手桶を持ったまま花を摘んで、また斜面を上がって、そこから山道までの歩くわけですね。それで、地蔵の場所に着く頃にはもう昼頃でしたか。水を端切れに含ませて、ゆっくり磨いていく。とはいえ、毎年綺麗に磨かれてますからね、苔むしたりはないんですよ。
ゆっくりゆっくり丁寧に吹き上げて、水桶はやっぱり空になったんで、また戻って水を汲んで。
それから山道に戻ると、なんか雰囲気が違うんですよね。雲ひとつない綺麗な青空なのに、そこだけどんよりしているというか……ただ、まあ、行かないわけにもいかないので、山道の中腹まで歩いていくわけです。
森の中、風がスーッと僕の顔を撫でていく。
すると、遠くから何かが聞こえてくるんですよ。
「……り……なさ……き……もち……」
よーく聞くと、それは村に伝わる童歌なんですね。
「よくよくおくり きなさった きぎもふかき きもそぞろ かえりかえるは あしばやに」
音で覚えていますからね、意味はわからないというか、漢字の当てようもないんですが……どこからともなく、その歌が風にのって聞こえてくる。
そのあたりは山道といっても子どもの遊び場でもありますから、いつもならそこまで不思議でもないんです。けれど、毎年、この日だけは「絶対に山には立ち入るなよ」と強く言われていますから、その童歌を知っている村の子は近寄らないんですよ。
「よくよくおくり きなさった きぎもふかき きもそぞろ かえりかえるは あしばやに」
それから、聞いたことない節が聞こえてきました。
「よくよくおかえり やまのみち みずこみがきて こだのみを むらにかえりて あかごなく」
地蔵は水子供養のため、と聞いたこともありますから、こんな節もあったのかと。驚きはしましたが、不思議と怖くはなく。
それから、だんだんと風が強くなる。
「よくよくおかえり やまのみち みずこみがきて こだのみを むらに」
童歌が止まる。ちょうどその時、地蔵の前に着きまして、磨き始めるたんですが、すぐ僕の真横から
「みずこみがきて こだのみを むらにたのみて こをくらう」
とハッキリ聞こえたんです。耳には、その声の主の吐息がかかったような気すらしました。
僕は「うぎゃー!」と声をあげて、山道を転がるように降りて行きました。
それで、両親が帰ってくるまでは部屋にいましてね。カチャリと扉の開く音がして「ああ、両親が帰ったな」と。
父の「ただいまー」という声に続いて、母の「ただいま」という声が玄関から響いてくる。
怖い思いをしましたから、部屋から飛び出して「お母さん!お父さん!」と泣きつきたいような気分でしたが、どうにも妙で……
なぜって、両親は別々の予定で家を空けていて、同じタイミングで帰るのは不自然というか……それで心配になって、部屋で黙っていたんです。
バタバタと音がして、二人が玄関を上がり、リビングへ向かう音がする。それで、テレビをつける音がしたんで「ああ、気にしすぎかもな?」と思って部屋を出たんです。
すると、ちょうどスマホにメッセージが入りましてね。
父から「帰りは遅くなりそうだ」と一言だけ。
あれ?では、今リビングにいるはずの父は?
そう思った瞬間にね、僕はフッと我に帰ったんです。すると、僕はまだ地蔵の前に居まして……
すると耳元で「今年の子はダメだなあ」と聞こえて、気配が消えて行ったんです。
あのままリビングを出て、そこに居た両親と鉢合わせていたら、僕はどうなってしまったんでしょうね?
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