第23話 二丁拳銃の守護者と声の誤認
美咲は、狂気の元エンジニア、竹原の知識と、神崎のAIブースターが持つ未来の設計図を駆使し、種子島宇宙センターのシャトル格納庫へと侵入した。竹原は、宇宙センターの古びたシステムを、まるで自分の身体のように操り、美咲を最終調整中の小型ロケットの射場へと導く。
「急げ!シャトルのエネルギー供給システムにオアシスを接続すれば、未来へ帰れる!」
美咲は叫んだ。
その時、射場の暗闇の中から、重い足音と共に一人の男が姿を現した。男は黒いレザーコートに身を包み、両手に銀色の自動拳銃――二丁拳銃を構えている。
「そこまでだ、遠野美咲」
その声は、冷徹で硬質だった。そして、美咲の脳裏に、かつて何度も聞いたことのある、未来の記憶がフラッシュバックする。この男こそ、橘の右腕として暗躍していたPHOBOSのエージェント、黒崎だ。彼は、橘の命を受け、神崎のタイムトラベルを阻止するために、この2008年に送り込まれていたのだ。
「黒崎……!」
美咲は神崎のAIブースターを構え、竹原を庇った。
黒崎は、ゆっくりと美咲たちに近づく。彼の口調は、まるで芝居がかった刑事ドラマのようで、どこか皮肉めいていた。
「残念だよ。君の復讐は、ここで終わりだ。神崎悟が歴史を弄んだ代償を、君に払ってもらう」
竹原は狂乱し、ロケットのノズルを指差して喚いた。「貴様が『調停機』の邪魔をするのか!俺は天国へ行かねばならん!」
黒崎は、竹原を一瞥し、美咲に銃口を向けたまま、静かに話し始めた。
「美咲。私は、君の未来の裏切りを知っている。そして、君が愛した神崎悟の**『調停』**が、いかに愚かな行為だったか。彼は、歴史の構造を変えるどころか、新たな狂気と絶望の種を蒔いた。それを回収するのが、私の役目だ」
美咲は、その冷酷な声と話し方に、既視感を覚えた。未来で橘の横にいた黒崎の姿と、彼の声が、彼女の記憶の中の、日本の著名な俳優と重なり始めた。
(この声……どこかで……そうだ!あの刑事ドラマの……!)
美咲の脳裏に、二人の俳優の顔が交錯した。一人は、日本を代表する刑事役の水谷豊。もう一人は、しばしば悪役や冷静な官僚を演じる矢島健一。
「あなたは……矢島健一さんの声に似て……いや、違う、水谷豊さんの声にも……声質が、微妙に、似ている……」
美咲は、極度の緊張とタイムトラベルの影響で、目の前の危機とは全く関係のない、声優的な考察に意識を奪われた。
その瞬間、黒崎の顔が、一瞬だけ驚愕に歪んだ。
「……何だと?」
美咲の言葉は、完璧に黒崎の急所を突いていたのだ。彼は、完璧なエージェントとして振る舞うため、自身の声質や話し方を、特定の「理想的な人物」に似せる訓練を受けていた。そのモデルの一人こそ、日本の冷徹なインテリジェンスの象徴として選ばれた、水谷豊と矢島健一の中間に位置する「声」だったのだ。
彼の、完璧な仮面が一瞬剥がれた、その声の誤認という『隙』。
美咲が「声が似ている」と指摘した、その0.8秒の静寂。
パン!パン!
黒崎が放った二丁拳銃の銃弾が、美咲の腹部を正確に貫いた。血が飛び散り、美咲はロケットの脚元に倒れ込んだ。
「余計なことを……言うな」
黒崎の声は、もはやどちらの俳優の声でもなく、ただの冷徹な殺意を帯びた機械音だった。
竹原は、美咲の流れる血を見て、さらに狂乱した。
「血だ!調停者の血だ!ロケットに……ロケットに乗せねば!」
竹原は美咲を引きずり、ロケットの搭乗ハッチへと向かう。美咲は意識が遠のく中、最後の力を振り絞り、オアシスをロケットの推進システムに接続した。
「神崎……これが、私の……調停だ……」
腹から血を流す美咲の体と、壊れたオアシスが、ロケットの巨大なエネルギーと共鳴し始める。次の瞬間、格納庫全体が、時空の歪みを示す青い光に包まれた。竹原は、その光を「天国」と誤認し、狂喜乱舞する。
黒崎が発砲しようとしたが、間に合わなかった。光が収束したとき、ロケットの搭乗ハッチには、美咲の姿も、竹原の姿も、そして小型ロケットそのものも、完全に消え去っていた。
美咲は、神崎の待つ未来ではなく、狂人とロケットが一体となった、歪んだ時空の戦場へと跳躍してしまったのだ。残された黒崎は、静かに二丁拳銃を仕舞い、その場を去った。彼の脳裏には、美咲が最後に指摘した**「声の誤認」**のトラウマだけが、深く刻み込まれていた。
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