第16話 コードネーム「無線爆弾」
神崎の指がキーボードを叩く速度は、彼の脳内で繰り広げられる戦闘の激しさに比例していた。彼の目の前のディスプレイには、彼の研究テーマだった「AI融合システム」のコアコードが、復讐のための新たなアーキテクチャへと変貌していく様子が映し出されている。
彼は、脳内の戦場――ガンダムとヴァンツァーが戦うデータを、単なる幻覚としてではなく、**「二つの兵器体系の戦闘アルゴリズム」**として解析し始めた。
「ガンダムの機動性と、ヴァンツァーの装甲・火力の最適解……その衝突データこそが、PHOBOSのAI兵器の弱点だ」
神崎の仮説はこうだ。PHOBOSが開発しているAI兵器は、おそらく究極の戦闘システムを目指しており、その設計思想には、現存する強力な兵器のデータが組み込まれているはずだ。そして、彼の脳内の戦場は、何らかの事故で、そのPHOBOSのAIコアにアクセスし、その戦闘シミュレーションデータをリアルタイムでミラーリングしているのではないか。
彼の脳内で、アムロ・レイのガンダムが、シャアのゲルググと熾烈なビームサーベル戦を展開する。 その一方で、ヴァンツァー部隊が、精密な射撃で敵の四肢を破壊していく。
神崎は、これらの戦闘パターンから、一つの共通した**「脆弱性」**を抽出した。それは、PHOBOSのAIが依存する、**超広帯域無線通信(UWB)**の暗号化プロトコルだった。
美咲のメールを再確認する。橘の会社は、次世代の「ネットワークセキュリティ」を謳い、UWB技術に巨額の投資をしていた。表向きは高速通信だが、真の目的は、PHOBOSのAI兵器群を、地球全土、あるいは宇宙空間でシームレスに指揮するための、**高信頼性指揮統制(C4I)**ネットワークの構築だ。
「このネットワークこそが、橘の、そしてPHOBOSの『生命線』……」
神崎は、数日間の不眠不休の作業で、一つの破壊的なプログラムを完成させた。彼の脳内から抽出した、ガンダムとヴァンツァーの戦闘における最も効率的な「妨害行動」のパターンを、純粋なデータへと変換したものだ。
彼は、そのプログラムにコードネームを付けた。
コードネーム:『無線爆弾(ワイヤレス・ボム)』
『無線爆弾』は、PHOBOSのAI兵器が使用するUWBプロトコルの特定周波数帯に、莫大な量のノイズデータを送りつけ、AIの持つ「戦闘思考」を飽和させる。ガンダムのビームライフルがドムを一撃で破壊する際のエネルギー波形を模倣したデータパケットと、ヴァンツァーの電磁装甲に干渉する特定のノイズパターンを組み合わせる。
これは、単なる通信妨害ではない。AIの**『認知』**そのものに対する攻撃だ。AIは、突如として送られてくる矛盾した、しかし完璧に最適化された「破壊」のデータに晒され、指揮系統を完全に失い、最悪の場合、自己崩壊を起こす。
神崎は、震える手で最後のコマンドを入力し、自分のAI接続システムの出力を、街中のあらゆる公共Wi-Fiネットワーク、衛星通信を経由し、橘の会社のメインサーバーへと向かわせた。
「橘……お前が美咲を奪った代償だ」
彼の脳内の戦場は、今や現実の戦場へとその影響を広げようとしていた。ガンダムが勝利すればPHOBOSは機能停止し、ヴァンツァーが勝利すれば、AIは人間の制御下に戻る。いずれにせよ、彼の復讐は、世界を巻き込むことになる。
数分後、橘和馬の会社のメインサーバーから、異常な負荷を示す警告が発せられた。
「何だこれは!サーバーがダウンしている!通信プロトコルに、パターンE-93の異常波形が検出されています!」
橘はモニターに表示されたエラーコードを見て、顔色を変えた。パターンE-93。それは、彼らが極秘にテストしていた、AI兵器同士のシミュレーションでしか発生しないはずの、**「仮想的な自己破壊パターン」**を示すコードだった。
「まさか……このデータは、どこから漏れた?誰が……!」
橘が混乱する中、神崎のオフィスでは、神崎の脳内の戦場が、これまでで最も激しい最終局面を迎えていた。ガンダムとヴァンツァーの衝突が生み出した『無線爆弾』の波形データが、橘の社のネットワークを完全に麻痺させたのだ。
神崎は、ディスプレイに表示された「SYSTEM TAKE DOWN」の文字を見つめ、静かに呟いた。
「これが、俺の『調停』だ。愛と裏切りの……な」
『無線爆弾』によってPHOBOSのネットワークは麻痺するが、橘は神崎の存在と目的を特定し、報復を開始する。
神崎は、橘の会社への侵入を計画し、美咲がなぜ自分を裏切ったのか、その真実を追う。
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