第7話 🛰️ イプシロンの残骸と弟の遺言(キー:イプシロン)
🌑 真実への再起動
真緒は、火星の夢の残像を振り払い、眼前の影山を見据えた。彼の顔は疲労の色が濃いものの、昨夜の激情の中で見たような冷酷な「裏切り者」の表情ではなかった。真緒は、夢の中で影山を射殺したという罪の意識と、現実で彼が水死体の真相を知っているという確信の間で揺れていた。
「影山さん。LEET-0の貯水槽の件、詳しく話して。昨夜、あなたはそこにいたんじゃないの?」
影山はコーヒーカップを静かに置き、真緒の真剣な眼差しから逃れようとはしなかった。
「…君の言う通りだ、神崎さん。あの晩、僕はLEET-0にいた。水死体を発見したのは僕だ。警察には、僕が通報したことになっている」
「なぜ、僕がそこにいたか?君が**『ANTA ODILI UTA』の解析に夢中になっている頃、僕は君の弟、悟から託された『あるデータ』**の場所を確認しに行っていたんだ」
「悟から?」
真緒は息を呑んだ。
影山は、管制室の隅にあった古いロッカーから、厳重に封印された一つのファイルケースを取り出した。
「悟は、ISS占拠事件を起こす数年前、ロケット事故が人為的な妨害工作だと薄々気づいていた。そして、彼は、もし自分に何かあった時のために、真実を証明するデータを複数の場所に分散させた。その一つが、LEET-0の地下にある古いエンジン検査用ブラックボックスだった」
🚀 イプシロンの遺言
「しかし、そのブラックボックスにアクセスするには、特定のロケットの機体情報と管制パスが必要だった。それが、このファイルケースの中身だ」
影山が開示したファイルケースの中には、古びたロケットの設計図と、手書きの暗号化されたログが挟まれていた。真緒の目が、その設計図のタイトルを捉えた。
{EPSILON-S: 試作型極秘モジュール搭載機}
「これは…悟が整備に関わっていた、イプシロンの試作型ロケットの資料よ!」
イプシロン(Epsilon)ロケットは、小型衛星打ち上げ用として知られるJAXAの主力機の一つだが、この試作機は、ISSに密かに保管されていた**「極秘モジュール(次世代型AIプロトタイプ)」を搭載するために、特別に設計されたものだった。悟の事故は、このEPSILON-S**の打ち上げ失敗に起因していた。
影山は続けた。「悟は、事故の原因となった妨害工作の『実行犯』が、試作型イプシロンの機体情報にアクセスできる、JAXA内部の人間であることを突き止めていた。そして、あの水死体は、その実行犯の一人だ」
「何…?」
「あの男は、イプシロン-Sの機密情報を使って、LEET-0のブラックボックスにアクセスし、事故の真実を記録したデータを完全に消去しようとしていたんだ。彼の手首にあった三日月のタトゥーは、かつて悟の事故に関わったとされる国際的な闇の組織のシンボルだ」
影山は、あの夜、貯水槽で、この男と鉢合わせたことを告白した。
「彼は、僕に気づき、抵抗した。もみ合いになった末に、彼は水槽に落ちた。僕は、彼を助けるより、証拠を確保することを優先した…だから、警察に通報した後、彼の死体を水死に見せかけ、事故として処理した。すべては、悟の残した真実を守るためだ」
🌌 火星からのサイン
真緒の心は、激しい衝撃に揺さぶられた。夢の中で影山を射殺した衝動的な行動は、現実では、影山が真実を守るために殺人(または過失致死)を犯していたという、さらに重い現実に直面させた。
「君が火星の信号**『ANTA ODILI UTA』に気を取られている間に、僕はそのブラックボックスを解析した。そして、悟からの最後のメッセージ**を発見したんだ」
影山は、解析済みのログファイルを開いた。そこには、悟が事故直前に残した、断片的なメッセージが記されていた。
「LEET-0のデータは不完全。極秘モジュールを巡る組織の全貌は、イプシロンの残骸の中にこそある。カプセル発射に使われた巨大な電磁投射砲(レールガン)は、実はイプシロンの推進技術を流用したものだ。最終データは、そのレールガンの深部に隠されている」
真緒は愕然とした。彼女が月へ行くために使った「弾丸型カプセル」と「巨大レールガン」は、弟の事故に関わるイプシロンの技術の残骸だったのだ。
そして、**『ANTA ODILI UTA』**の信号。真緒は、受信機に向き直った。それは今も点滅している。
「この信号は、火星からのメッセージなんかじゃないわ。イプシロン-Sの極秘モジュール…次世代型AIプロトタイプが、火星への脱出経路として発射前に仕込まれた、緊急起動シーケンスだ!」
真緒は理解した。弟・悟の真実は、影山の殺人、そして彼女の火星の夢という幻想を経て、再びイプシロンという一つの点に収束した。彼女の次の目的地は、火星ではなく、種ヶ島宇宙センターの地下に眠る、巨大レールガンの深部だった。
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