モーニング・パニック!
翌朝。
葵は幸せな気持ちでグッスリ寝ていた。
高級ホテルのような寝具が心地よかったのだ。
そんな幸せな時間を邪魔する奴が現れる。
カンカンカン!
カンカンカン!
カンカンカンカンカンカンカン!
威勢のいい三三七拍子が葵の部屋に響き渡った。
「うるせえええええええええ!!」
突然鳴り響いた金属の騒音から逃れようと、葵は布団に潜って叫ぶ。
しかし、その音は止まらない。
それどころか、今度は聞いたことある声が三三七拍子に乗って響きだした。
「おっきっろー!おっきっろー!さっさとおっきっろー!あおい!」
蘭子である。
「んだあああああああ!」
安眠を妨害されて我慢の限界を超えた葵は、布団から突然飛び出して蘭子に襲いかかった。
ターゲットは騒音の主、フライパンとお玉!
「うわああああああ!」
バガーーーーン!!
しかし、驚いた蘭子は反射的にフライパンで葵の顔面を思いっきり引っ叩いてしまう。
|C R I T I C A L H I T ! !《クリティカルヒット》
回転しながら吹っ飛んだ葵は、再び布団に沈んでいった。
「な……なんで俺がこんな目に…………」
ヨロヨロと立ち上がる葵は、睡眠を諦めてベッドから出てきた。
「すすすすまん!あおい!突然飛びついてきたからつい!」
蘭子は持っていた物を安全な場所へ放り投げると、両手を合わせて頭を下げる。
「『つい』じゃねぇ!死ぬわ!大体、そんな起こし方あるかっ!」
葵はハァハァと息を荒げながら寝起きツッコミをかましている。
「仕方ないだろ!一度やってみたかったんだもん」
しかし蘭子は口を尖らせ、そっぽを向きながら言う。
「仕方ないで済むかっ!大体、何でここに居るんだよ!鍵閉まってただろ!」
密室だったはずの部屋に何故か蘭子がいる。
葵はどうやって入ってきたのか不思議に思っていた。
しかし、その答えは蘭子から示された。
「ふっふっふー。ここを誰の屋敷だと思っている」
パジャマのポケットから部屋の鍵を取り出すと、キーリングを人差し指に引っ掛けてクルクル回しだしたのだ。
呆れた葵は状況を察し、全てを諦めた。
「オーナーの屋敷だろ。全く……せっかく気持ちよく寝てたのに……」
ガッカリしながらカーテンを開けると、窓の外を鳥が数羽飛んでいくのが見えた。
飛んでいく先を見上げると今日も快晴だ。
そこには清々しいほどに綺麗な青空が広がっていた。
体感的には、いつも学校に通うくらいの時間だろう。
その時、部屋の入り口から声をかけられた。
「朝から仲が良いわねあなたたち……」
そこには、全開になった扉にもたれかかりながら、呆れ顔の静香が立っていた。
「い…………いつから見てたんだ?」
蘭子はイタズラを隠す子供のようにソワソワしながら言う。
「葵が布団から飛び出す所…………」
静香は気まずそうに答えた。
「見られてたのか……」
葵は自身のぶざまな姿を見られていたことを知り、ガックリと項垂れる。
「痛そうだったわね……」
しかし、静香は気の毒そうに葵を心配してくれた。
心配してくれるのはあなただけですよ静香様。
「で、なんで静香もここに来たんだ?」
イタズラしに侵入してきた蘭子はともかく、静香は何の用事だろうか?
「蘭子ちゃんを起こそうとしたらお部屋に居なかったの。そしたら葵の部屋の方から大きな音が聞こえて、来てみたらコレだったわ」
さっきの事件をこれ『コレ』扱いしながら、静香は苦笑いで答えた。
「そうだ!わたしも今起きたところだからな!朝に備えてフライパンとお玉は部屋に準備しておいたんだ」
そして蘭子は聞かれてもいない話を始める。
「準備すんな!っていうかそれが寝起きのテンションかよ……ありえねぇ…………」
朝に弱い葵は、恐らく目を開けた瞬間からそのテンションなのであろう蘭子を見て引いていた。
「わたしはいつも全力だ」
そんな葵に向かって、蘭子は胸を張ってドヤ顔で言う。
「わかったわかった……。そういうのはタカヤにやってやれ。喜ぶぞ」
そのテンションについていけない葵は、少しめんどくさそうに、もう1人の友人を巻き込もうとする。
「あいつは無駄に早起きだからな。わたしが起きた時には既に起きている。今朝もランニングに行ったんだろう。たぶん、もうすぐ帰ってくると思うが」
トンチキ異世界コンビは朝に強いらしい。
まぁ……タカヤは騎士だし、そういう訓練とかで規則正しい生活が身についてそうだからわからなくもないが……。
「はいはい……。最後まで寝てた俺が悪かったよ」
そう。油断した自分が悪いのだ。
今更この面子で何も起きないわけがないのだ。
苦杯を喫した葵は、どんな時でも気を抜かないと密かに誓った。
「それじゃあ、朝食の支度ができたから、あなた達も支度して食堂にいらっしゃい」
2人の漫才を見届けた静香はそう言って微笑むと、先に食堂へ降りていってしまう。
「うむ。腹が減ってはイタズラもできん。じゃあ、あおい。後でな!」
そして蘭子も満足したようで、片手を上げて部屋から出ていった。
まだイタズラする気かよ……。
身支度をして食堂に着くと、既にタカヤが来ていた。
ランニングを終え、シャワー浴びた後のようでスッキリした顔をしている。
「おはよう。今朝は何時起きだ?」
葵は隣に座りながら話しかけた。
「……俺の1日は日の出と共に始まる。太陽に向かって走り、こうして栄養満点の朝食を食べるのが日課だ」
タカヤは腕を組み、目を瞑りながら語る。
「へぇ……それは立派なことで」
だが、それは葵には全く理解できない世界だった。
理解できたのは東に向かって走ってたことぐらいだ。
すると、タカヤが怪訝な顔をしながら尋ねてきた。
「蘭子は何をしているんだ?姿が見えないようだが?」
蘭子の話が出たところで、葵は不満そうに答える。
「そうそう、あのお姫様の教育はどうなってんだ?朝からフライパンとお玉で騒音祭りだったぞ」
安眠を妨害されたことをまだ根に持っているらしく、お姫様の護衛兼教育係にクレームを入れた。
タカヤは一瞬だけすごく嫌そうな顔をすると、申し訳なさそうに言う。
「……昨晩俺にフライパンを用意させたのはそういうことだったのか」
「オーマイゴッシュ……」
知らないうちに片棒を担がされていたらしいタカヤを、憐れみの目で見る葵だった。
しばらくすると、蘭子が食堂へやってきた。
だが、いつもの元気がなく、しょんぼりしながらタカヤの前に座る。
「おう、どうした?フライパンの件で怒られたか?」
葵からそう言われると、蘭子はドキッとしながら苦笑いで答える。
「庭の草むしりを命じられた。オーナーには逆らえん」
図星だったようだ。
どうやら
さもありなん。
そして、3人が揃ったところで、キッチンから静香とオーナーがやってきた。
2人が持っている大きなトレイの上には、ボウルや大きめの深皿がいくつか乗っている。
テーブルには既にバスケットが置かれており、その中にスライスされたバゲットが用意されていた。
目の前に並んだボウルや深皿の中身は、「スクランブルエッグ」、「小さめのウインナー」、「サラダ」、「ヨーグルト」、「シリアル」、「スライスしたバナナ」、「一口大に切ったリンゴ」がそれぞれ盛られており、どうやら朝食はビュッフェスタイルのようだ。
バスケットの横に置かれた2つの小瓶には、自家製バターと自家製リンゴジャムが入っているらしい。
「すげぇ……これが、お泊まり会で出てくる朝食なのか」
まるでホテルの朝食のような風景に葵は唖然としていた。
「朝食は私も手伝ったのよ!オーナーさんから料理の技術を盗もうと早起きして正解だったわ」
そして、満足そうに言いながら静香が葵の正面に座る。
「静香さんは手際が良かったわ。私の技術なんか盗まなくても充分よ」
手伝ってくれた静香を褒めるオーナーは、ニコニコ笑いながら取り皿やフォークとスプーンを用意してくれた。
「さあ!召し上がれ」
お皿とカラトリーが綺麗に並んだところでオーナーが食事を勧めると、4人は一斉に両手を合わせた。
「「「「いただきます!」」」」
朝からそれぞれ運動、料理、イタズラ、ツッコミとエネルギーを使った4人は、自分の好きな料理をお皿に盛り、夢中でモグモグと食事を進める。
その姿を見届けると、オーナーは満足そうにキッチンへ下がっていった。
すると、食事の時はいつも嬉しそうにテンションの高い蘭子がやけに静かなことに気がついた。
「どうした蘭子?そんなに草むしりが嫌か?」
葵がバゲットにバターを塗りながら聞くと、蘭子は「えっ!」とちょっと驚いて慌てて答える。
「……いや、なんか、な。終わっちゃうんだなって」
「何が?」
何の話かわからなかった葵はすぐに聞き返した。
蘭子は言いづらそうに続ける。
「……お泊まり会」
その顔は、笑顔を作ろうとしているが引き攣っていた。
どうやら無理に笑っているようだ。
一瞬だけ、4人の間に静寂が訪れる。
蘭子が言葉にした思いは、みんなも同じだったのだ。
やがて、静香が微笑みながら言った。
「またやればいいじゃない。私も楽しかったわよ」
続けてタカヤが、ヨーグルトを小皿によそいながら言う。
「俺もだ。こうして生活スタイルが異なる物同士で集まると、色々勉強になる」
そして、それぞれの話を聞いていた葵が最後に答えた。
「だな!それじゃあ、またやろうぜ!だから元気出せよ蘭子!また学校で会えるんだし」
3人から視線を受けた蘭子は、ポカーンとしながらみんなの顔を見回して、慌てたように取り繕った。
「そ、そうだよな!べ……別に寂しいとかそんなんじゃないぞ!」
フンっ!と横を向くが、顔は笑っている。
さっきの引き攣り笑いではない自然な笑顔だった。
「ツンデレね」
そんな蘭子を見て、笑顔の静香が小さな声で呟いた。
隣で目が合った葵も笑顔で返事を返す。
だが、迂闊にそんな言葉を使うもんではない。
「ツンデレって何だ?」
ほれ見ろ。蘭子の何だタイムが始まっちゃったじゃないか。
いつものように、人差し指を顎に当てて聞いてくるのだ。
しかし、静香は冷静だった。
「何でもないわ。どうしても気になるなら、あのノートに書いておくといいわよ。きっと、後で葵が教えてくれるわ」
そう言って、横目で葵を見ながらニヤリと笑う。
「ゲホッ!……俺かよ」
突然話を振られた葵は、飲んでいたお茶で咽せている。
「……ぷっ!」
そして、思わず吹き出してしまった蘭子をきっかけに、4人は笑いだしていた。
だが、この特別な時間はもうすぐ終わってしまう。
そんな空気を察してか、タカヤが口を開いた。
「アオイ、蘭子の勉強に付き合ってくれたこと、礼を言う。俺では力不足でな」
昨晩の『葵に聞きたい「何だ?」ノート』の事だ。
タカヤには答えられなかった疑問が、葵のおかげで解決できたのだ。
彼はその感謝の気持ちを伝えたのだが、それは葵も一緒だった。
「いや、いいって。俺も勉強になったしな。教える事は勉強にもなるって知れて良かったよ」
本当のことだった。
実際、人に教えたり伝えたりというのは、自分で勉強するときより難しく感じたのだ。
自分が理解していることを、どうやって相手に伝えるのか?
その難しさを理解できた。
あの、やる気のない担任教師の事もちょっとだけ尊敬できるようになった。
蘭子と過ごしたあの時間は、とても有意義な時間だったのだ。
「しずかも!わたしのわがままでタカヤに剣を教えてくれてありがとう!」
蘭子は、剣術指導のことで感謝を伝える。
「本当は有料級のお話よ?あとで講師代を請求するからよろしくね」
しかし静香は照れくさいのか、ボケなのか真剣なのかよくわからない返事を返す。
なんか……その笑顔が怖い。
「なっ……!そんなこと聞いていない!」
聞いていたタカヤが慌てはじめ、まるで詐欺にでもあったような顔をしている。
「あら?資金は尽きることがなかったんじゃなかったかしら?ちゃんと領収書は渡すわよ?」
タカヤを見る静香さんの目はマジだった。
「ぐっ……!蘭子!どうしたらいい?」
元はと言えば、蘭子が言い出した事なのだ。
ここは姫様に判断してもらうのが最善だろう。
「100万円くらい払っておけ」
「羽振り良すぎだろ!」
姫様の金銭感覚はぶっ飛んでいるようだ。
葵は思わずツッコまずにはいられなかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
いつものように冗談を言い合いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます