ディナーの後は
食事を終えた4人は揃って居間に戻ってきた。
静香が洗い物の手伝いに立候補したが、オーナーから「せっかくのお泊まり会なのだから友達と楽しんでちょうだい。それに、お客様にお手伝いばかりさせられないわ」と和かに断られてしまい、渋々諦めることとなった。
「せっかくオーナーさんと料理のお話ができるチャンスだと思ったのに」
静香は残念そうに呟いている。
「まぁまぁ、ここはお言葉に甘えてお泊まり会を楽しもうよ」
葵はそんな静香を励ましながら、夕食前までゲームをしていたテーブルについた。
「そうね、仕方ないわね……。それじゃ、何して遊ぼっか?」
すると、静香は諦め顔から突然イタズラな笑みを浮かべた。
「しずか、楽しそうだな!しずかのそんな顔初めて見た気がするぞ」
蘭子が嬉しそうに返すと、葵が代わりに事情を説明する。
「静香の家は規律が厳しいからなぁ」
「そうなの。だから、こうやって夜みんなで遊ぶのって凄くワクワクするのよね」
静香にとってお泊まり会は非日常のようで、珍しく落ち着きがない感じだった。
「そんな家柄で、よく泊まりの許可が下りたものだな」
すると、タカヤが意外そうな顔をして聞く。
確かに。静香の両親はすごく厳しいから、そう言われてみればそうだ。
「『あの洋館で研修会をする』って言ったら、快く許可が下りたわよ」
そんな静香は、タカヤの疑問にニッコリ笑って答えた。
「策士だ……」
「さくしだ……」
「 ウソつきだ……」
蘭子と葵が感嘆している中、1人だけ違うことを言っているタカヤは静香からグーでゲンコツをされていた。
しかし、それがあまりの速さだった為にタカヤは何が起きたか理解できておらず、目をまんまるにしてキョロキョロしている。
気づけよ……。
そんな姿を見て、蘭子が「はぁ……」とため息をつくと続けて言った。
「タカヤ、お前最近気が緩みすぎだぞ。いくら平和だからって腑抜けてると、帰ってからお前の名誉に関わるぞ?」
いつものおふざけ蘭子ではなく、エルトリアのプリンセス蘭子からのお言葉だった。
「……そうかもしれないな。三原も居るし、アオイからは肩の力を抜けと言われて少し甘え過ぎてたかもしれん」
タカヤはバツが悪そうに、蘭子から目を逸らして言う。
「まぁまぁ、良いんじゃないの?クソ真面目な騎士さんがたまに羽伸ばすぐらい許してやれよ」
葵は、タカヤに肩の力を抜けと言った手前、彼を擁護する。
「べ、別に悪いとは言ってない!わたしだってこうやってふざけ合っている方が好きだ。……だがな、緊張感だけは持っていて欲しいものだ。……お前は、わたしの騎士なのだからな」
蘭子は少しムキになりながらも、最後はちょっと照れくさそうに尻すぼみに言う。
「ふーん」
「なるほどね」
そんな様子を見ていた葵と静香は、お互いに顔を見合わせてクスリと笑った。
蘭子はそんな2人の反応を見て少しムッとした顔をしたかと思えば、ハッと何か思いついたような顔に変わった。
「そうだ!タカヤ!お前はしずかから剣を習え」
ビシッとタカヤを指差しながら言う。
「……は?」
姫様から突然命令され、タカヤは口をあんぐりと開けてポカーンとしている。
「だから!しずかの剣術を身につけろ!しずかはメチャクチャ強いってあおいが言ってたぞ」
両手を腰に当てながら、説得するように蘭子は言う。
「習うも何も……。俺の剣は三原とそんなに戦力の差がない。だから――」
「いいから習え!お前も強い根っこを持て!お米食べろ!」
タカヤが言い訳している所を食い気味に蘭子が割り込んだ。
どっかで聞いたことあるぞそのセリフ……。
「くっ……この鬼上官めっ!」
タカヤは蘭子から目を逸らしながら小さな声で呟く。
「ん?なんか言ったか?」
しかし、今のが聞こえていたらしい蘭子が、怖いぐらいにニコニコしながらタカヤに問う。
「なんでもない……」
諦めたタカヤはブスッとしながら蘭子の命令を受け入れたようだ。
「っということで勝手に決めてしまったが、いいか?しずか?」
蘭子は両手を合わせてゴメン!のポーズで静香に問いかける。
「蘭子ちゃんの頼みなら仕方ないわね。わかった。このヘタレ騎士さんを鍛え直してあげるわ」
静香は思っていた以上にノリノリだった。
突然の無茶振りにも関わらず、タカヤへの剣術指導を快く引き受けてくれたのだ。
「誰がヘタレ騎士だ!」
しかし、タカヤは馬鹿にされたことにムッとして言い返してきた。
「G・ブラックさんのことは忘れないわよ?」
だが、静香からぐうの根も出ない一言を言われ、タカヤはおでこに手を当てて下を向いてしまった。
そして、俯いたまま納戸に向かって行くと、そこから木刀を2本引っ張り出してきた。
その内の1本を静香に渡しながらタカヤが言う。
「……ならば提案がある。模擬戦をやらせてくれないか?三原とはずっと、もう一度戦ってみたいと思っていた」
木刀を両手で受け取った静香は、木刀の全体をじっくり見ている。
「へぇ。本赤樫の木刀ね。臨むところだわ」
そう言うと目つきが変わり、キリッとした表情でタカヤの提案を受け入れるのだった。
「よし。それじゃあ、ここだと危ないから河川敷に行ってこい」
すると、蘭子は居間の端に置かれた棚から何かを取り出しながら言う。
「え?お前は行かないのか?」
葵は2人の模擬戦を見るもんだと思って一緒に付いていこうとしていたが、どうやら蘭子は留守番をする気でいるようだ。
「この時間を利用して、わたしは勉強をしたい。だから、あおいはわたしに付き合え」
棚から取り出してきたのは、革の表紙がついた分厚いノートだった。
表紙には『葵に聞きたい「何だ?」ノート』と書かれたメモが貼り付けてある。
「げっ……まじか……」
そのノートを見た葵はガックリとうなだれてしまった。
「フッ、そういうことか。ならば行くぞ三原」
「ええ」
うなだれている葵の肩にポンと手を置いたタカヤが、ふふっと笑う静香を連れて居間から出て行った。
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