peaceful afternoon

4人は一旦それぞれの部屋に向かった。


この屋敷は縦長の長方形になっており、さっきまで居た玄関はいわゆる短辺側にある。

そこから真っ直ぐ奥に向かって赤絨毯の廊下が続き、奥に見えた扉の向こうに広い食堂があるらしい。

そして、食堂の手前には左右の壁に向かってそれぞれ階段があり、そこから2階の廊下へ上がることができる。

2階の廊下は長辺側の左右に分かれており、それぞれの廊下から1階の赤い絨毯を見下ろせる吹き抜けの作りになっていた。

1階の廊下で見た太い柱は、2階の廊下の支えとなっているようだ。

ちなみに玄関から食堂側を見て、2階の右側は男子部屋、左側は女子部屋と分けられており、葵はタカヤの隣部屋、静香は蘭子の隣部屋へと入って行った。


しばらくして食堂に集まった4人は、大きな木目のテーブルを囲み、キッチンから漂うリンゴとシナモンの良い匂いを感じていた。

オーナーの鼻歌と一緒に、お皿のカチャカチャという音が聞こえてくる。

「すげー……こんな所本当にあるんだ」

葵は、食堂を見渡しながら感動していた。

何本もの蝋燭を模して作られたランプが上から部屋を照らし、優しいオレンジ色の灯りが部屋を包んでいる。

隅に置かれている骨董品の品々も、この灯りに照らされて、時が戻ったかのように、ただ静かに存在を輝かせていた。

こんなに薄暗い部屋でも、ランプの灯りだけでこんなにも上品な雰囲気を演出できることに驚いて、非日常感を感じずにはいられなかったのだ。

「とても良いところね。想像していた以上だわ」

そして静香も部屋の雰囲気にのまれてうっとりしている。

「ここは、わたし達の住んでいる城によく似ているんだ」

「城よりも小さい建物だが、雰囲気がそっくりだからつい寛いでしまうがな」

蘭子とタカヤは優しい表情で2人の感想に答えた。

すると、頭にバンダナを被ったオーナーが、ニコニコしながら焼きたてのアップルパイを運んできた。

「さあ召し上がれ。特製アップルパイよ」

ほんのり焦げ目の入ったツヤツヤの生地が芸術品のような網目模様になっていて、よだれが出そうなくらい良い匂いがしている。

テーブルの真ん中に重ねて準備されていた青色で草花の模様が入ったアンティークな小皿をテーブルに並べると、オーナーはアップルパイを人数分に切り分け、それぞれの小皿に置いてくれた。

「やったー!オーナーのアップルパイ、世界一!」

蘭子は4人の中でも1番喜んでいるように見えた。

本当に大好きなのだろう。

蘭子の喜びようを見ながら、葵は早速一口大に切ったアップルパイを口に運ぶ。

「……これ、マジでうまっ!」

食べた瞬間、ほっぺが落ちるような感覚と、とろけるような甘さが広がった。

「すごい、りんごの香りが優しい……」

静香も口を押さえながら感動している。

シナモンや焼き加減、甘さのバランスなど全てが絶妙で、リンゴの甘さが引き立てられている。

まるで、高級なお店のメニューのような出来栄えにフォークが止まらない。

「まさに甘味の魔術師だな」

「ちょっとかっこいい言い方するな!」

カッコをつけてオーナーを褒めるタカヤに、蘭子がビシッとツッコミを入れている。

そんなやりとりを見ながら、葵は静香と笑っていた。

すると、オーナーが美味しそうに食べる4人の姿を見てニコニコしながら言う。

「おかわりもあるわよ?」

「はい!」

即答で返事をしたのは蘭子だった。

さっきファミレスであんなに食べた後なのにまだ食べる気のようだ。

「お前が即答するな……」

そして、タカヤは客人の分まで食べてしまいそうな勢いの蘭子に呆れながらも、ちゃっかりおかわりをもらっていた。

お前達の胃はどうなってるんだ?

ひょっとして、異世界に繋がってるんじゃないか?

無限に食べ続ける異世界コンビに、葵は疑問を感じずにはいられなかった。

暖かいティータイムの空気。

蘭子は『こんな日常がいつまでも続いたら良いのに』と思いつつ、遠い故郷の異世界に想いを馳せ、エルトリアの民達がこんな風に平和な日常を過ごせるよう頑張ろうと思うのだった。


ティータイムが終わった後、4人は食堂の端にある扉から居間に移っている。

ここは女子部屋の真下になるが、2階の部屋と違って広々とした部屋だ。

なお、蘭子が唐突に『みんなでやりたいゲームボックス』から引っ張り出してきたテーブルゲーム達、そして食べ散らかしたお菓子の袋が大きなテーブルの上に散乱している。

そして、蘭子は今にも崩れそうなジェンガの塔を前に真剣な顔をして佇み、タカヤは腕を組んで仁王立ちしていた。

「ふっ!……見ていろ、あおい!このブロックを抜けば、わたしの勝利だ!」

既にジェンガ勝負は佳境を迎えている。

「そんな気合い入れるとミスるぞ」

自信満々な蘭子にプレッシャーをかけているのは葵だ。

「……もう少し力を抜いた方がいいんじゃない?」

静香も葵と一緒に緊張感を与え、蘭子の成功を食い止めようとしている。

「勝負に手加減は無用!」

しかし、意地を張っている蘭子はビシッと一言2人に向かって言った。

その瞬間、ジェンガの塔が少し揺れたが、なんとか崩れずに耐えているようだ。

「……その通りだ。蘭子、勢いで行け」

そして、タカヤは葵達とは真逆のことを言って蘭子のミスを誘っている。

「お前、どんな勝負事にも手を抜かないよな……」

葵は、顔が真剣になっているタカヤを見ながらちょっと引いていた。

しかし、蘭子はそんな事など気にもしていないようで、何やらボソボソと呟いて、狙ったブロックを抜きにかかっている。

「さて……この微妙な隙間……風よ、そっと……」

すると、何処からともなく、すっ、と風が吹いた。

「……おい、今、風、吹いたよな?」

「……窓、閉めてたはずだけど?」

葵と静香は顔を見合わせて、不可解な現象が起きたことに戸惑っている。

そして、葵はハッとして蘭子の方を見た。

「まさか、お前……風術を……」

蘭子の不正を見抜いたのだ。

「ふ、ふふっ……細工などしていない!ただ、風が遊びに来ただけだ!」

明らかに目が泳いでいる蘭子の手元から、ブロックが不自然にスルッと抜けた。

「完全に使ったよな!?」

「うん、見た」

「俺もだ」

葵、静香、タカヤの3人が不自然な動きをしたブロックを見て順番に抗議している。

しかし、蘭子は視線を逸らしながら鳴らない口笛を吹いて知らないふりをすると、突然虚空を見つめながら真顔で言った。

「そろそろ……がこの設定を忘れていると思ってな……」

蘭子が見つめている虚空を3人も見つめながら、空気が一瞬固まった。

「……誰に向かって言ってんだそれ?」

葵は突然意味の分からない言動をとった蘭子にツッコミを入れる。

「ふふ、蘭子ちゃん、それ言っちゃう?」

だが、クスッと笑う静香は蘭子の意図がわかったらしい。

「……そう言われればそうだな。アオイ、言っただろ?異世界というのは沢山あるんだ。たまにはそこに向けて問いかけるのも悪くないだろう」

続いて、タカヤも蘭子に同調している。

「いやいや、何言ってんの?俺はお前達が怖いよ……」

そしてこの場でただ1人、話についていけてない葵だけが呆れていた。


「……よし、今のはノーカウントだ!」

改めてジェンガ勝負に意識を戻した蘭子は、諦めたかのように風術を使ってそっとジェンガを元に戻すと、風術を封印してブロックを慎重に抜いた。


「……取れたっ!」


しかし……


カタカタカタッ!

 

バランスを失ったジェンガタワーが音を立てて揺れ始めた。


「……あれ?」


蘭子は抜いたブロックを摘んだまま静止し、冷や汗をかいている。

 

ガラガラガラッ!

 

そして、ジェンガの塔は派手に崩壊した。


「……見事な散り様だったな。お前の敗北だ」

タカヤが嬉しそうに蘭子の肩にポンと手を置く。

「う、うるさいっ!」

蘭子は顔を真っ赤にしながらその手を叩くと、口を尖らせて拗ねていた。

「いやー、平和だな」

「こういう時間、いいわね」

葵と静香が笑いながら2人のやりとりを見ていると、紅茶の香りとともにオーナーが居間に入ってきた。

優雅な笑みを浮かべながらティートレイを持っている。

「まあまあ、ですこと」

言われた瞬間、全員がピタッと固まった。

「……聞いてたのか!?」

蘭子はヤバイといった顔で、再び冷や汗をかいてオーナーに聞く。

「ええ、最初の『風よ、そっと』のあたりから」

オーナーはにっこり笑ってそう返す。

「丸聞こえだった!?なんで!?」

「オーナーって何者なの……」

ボソボソと呟くように言っていたことが、扉の向こうにいるオーナーには聞こえていたようだ。

そして、風術に関しても理解をしているような言い方だった。

驚きのあまり、葵と静香は目をまん丸にしている。

すると、タカヤが2人に向かって耳打ちするように小声で話しかけてきた。

「俺たちにはこっちの世界の機関によって監視者が付けられているんだ。誰が監視者かは明かされていないが、俺はオーナーがそうだと思ってる」

2人はタカヤの話を聞いて腑に落ちたらしく、2、3度うんうんと頷いて納得した様子だった。

話が聞こえていたのか聞こえていなかったのか分からないが、そんな様子を見てオーナーは意味深に笑いながら言った。

「ふふ、皆さんお茶をどうぞ。蘭子ちゃん?風も、ほどほどになさいませね?」

「うぅ……気をつけます……」

風術を使うことを快く思っていないのか、少し厳しめな表情で蘭子は注意されていた。

不正をした罰だな。

 

倒れてバラバラになったジェンガを片付けたあと、蘭子が次のゲームを提案してきた。

「ふっふっふー。……次の勝負はこれだ!」

バシーン!とテーブルに置かれたのは、見慣れたカードの束だった。

「トランプか!定番だな」

「いいわね。こういうの、久しぶり」

中学の修学旅行以来となるトランプの登場に、葵と静香は少しワクワクしながらトランプの束を見つめている。

「ゲームは、何をするんだ?」

腕を組みながらタカヤが蘭子に尋ねた。

「もちろん!ババ抜きだ!」

蘭子は両手を腰に当て、声高々に宣言した。

すると、葵がニヤリと笑って一歩前に出る。

「カードのシャッフルは俺に任せろ」

そう言ってカードを手にした葵は、


シュババババババ!


超高速でシャッフルを始めた。

「うおおおお!?な、なんだその速度!」

「……まるで術式のような動きだ」

突然披露された葵の意外な特技に、蘭子とタカヤは驚いていた。

続いて葵はカードを2束に分けると、それぞれの束を両手に持ち、束の端を交互に『パラララララララ!』と器用に重ね合わせていく。

マジシャンやカジノで使われている、いわゆる『ショットガンシャッフル』というやつだ。

「すごいぞあおい!それどうやってるんだ?」

あまりの手際の良さと美しさに、蘭子が興味津々で観察してる。

「付き合い長いけど……、そんな特技、初めて見たわ……!」

静香も初めて葵の特技を見たらしく驚嘆していた。

「ふふん!ヒロシとよくカードゲームで遊んでたからな。あいつは知ってるぜ?」

そう言いながらトランプの束をテーブルの真ん中にポンと置くと、それを見ていた3人が「おー!」と感嘆の声を上げながらパチパチと拍手した。


ババ抜きの順番はじゃんけんで決まった。

静香、蘭子、葵、タカヤの順でスタートする。

「ふっ……この勝負、わたしの実力で勝たせてもらうぞ!」

「実力って……どんな実力だよ?」

葵は手札のジョーカーを見ながら、蘭子にツッコミを入れる。

こうして、ババ抜きが始まった。

しばらくは淡々と揃ったカードがテーブルに置かれていったが、4人の手札が少なくなってきた所でいよいよ心理戦へと突入していった。

「蘭子ちゃん、ちょっと眉が動いたわよ?」

「な、なんのことかな……?」

静香は、すぐ顔に出る蘭子の癖を見抜き、上手く手札を減らして一番に勝ち抜けた。

蘭子と葵の番が終わると、静香が勝ち抜けたのでタカヤが蘭子のカードを引く。

「ふ……なるほど」

タカヤはジョーカーを手に入れた。

「ふっ!かかったな!」

蘭子は葵のカードを引きながらドヤ顔で喜んでいる。

「どうかな。ババはお前にすぐ戻るだろう」

しかし、タカヤは余裕の表情で葵にカードを差し出す。

「……あえて真ん中をもらうか」

葵はジョーカーを警戒しながらカードを選んだが、見事タカヤの策略にハマってしまった。

「ぐっ……お前、誘導したな!?」

「勝負とは、読み合いだ」

勝負事には手を抜かないタカヤは自分の手札を見ながら無表情で答えている。

「むむむ……!これだっ!」

そして、蘭子がすぐにそのジョーカーを持っていった。

タカヤの予言的中である。

かくして、蘭子がそのままジョーカーを残して敗北した。


「……完敗だ……」

蘭子は四つん這いで項垂れている。

「……ジョーカーと仲良しだったな」

タカヤが再び蘭子の肩に手を置いた。

「う、うるさいっ!次こそは勝つ!」

さっきと同じように、その手を叩いて立ち上がった蘭子は左手を腰に当て、右手でビシッとタカヤを指差しながら宣言している。

すると、次のゲームは静香が提案した。

「次は少し知的にいきましょう。ポーカーはどう?」

「お、いいね」

葵はニヤリと笑って賛成した。

「なんでもこい!」

「構わん」

トンチキ異世界コンビも問題ないようだ。

どうやら、トランプゲームのルールは大体把握しているらしい。

そして、「あおい、さっきのやつ見せてくれ」と蘭子がせがむので、葵は再び超高速シャッフルを披露し、今度はそのままカードを配布した。


ルールはカードの交換が1回までの設定となった。

「よし、全部交換だ!」

そして、蘭子は即決で全てのカードを捨てた。

「お前、マジか!?戦略とか考えないのか?」

あまりにも潔くカードを捨てるので、葵は驚いている。

「こういうのは勢いだ!」

だが、蘭子はなぜか自信があるようで、そう言いながらカードを一枚ずつ引いていく。

一方、他の3人は慎重にカードを選んでいた。

「ふむ……1枚だけだ」

「私も1枚。これで勝負ね」

タカヤと静香は順番にカードを交換した。

「俺は2枚交換で」

そして葵は2枚交換して勝負に出る。

葵が3人の顔を見ると、既に蘭子の顔が引き攣っているので全交換の結果は見え見えだったが、タカヤと静香は表情ひとつ変えず勝負の時を待っているようだ。

よし。とりあえずビリは避けられそうだぞ。


いよいよ勝負の時。

4人は、1人ずつ順番にカードを見せた。


「……ノーペアだ」

力なくガッカリとカードを出した蘭子は予想通りの結果だった。

続いて葵がカードを出す。

「ツーペア。まあまあかな」

実は少し自信があった葵だったが、続く静香のカードを見て、その自信がすぐにへし折られた。

「私はフォーカード。これに勝てるかしら?」

余裕の表情でカードを見せるのだ。

葵は悔しそうにフォーカードを眺めていると、タカヤがカードを並べた。

「……ロイヤルストレートフラッシュだ」

涼しい顔をしながら腕を組んでいる。


一瞬、時が止まった。

居間の大きな時計の音がカチカチと数回響く。


「……それ、出るんだ……本当に」

そして、静香は顔を引き攣らせながらドン引きしていた。

「マジかよ……」

「な、なんだその神引きは?」

続いて、葵と蘭子もタカヤの引きの強さに驚いている。

「フッ!運も実力のうちだ」

正に王者の風格で圧倒したタカヤは、腕組みを崩さずに涼しい顔で勝ち誇った。

「くっ……今日のお前、やけにキマってるな!」

すると、ノーペア蘭子は物凄く悔しそうにしている。

お前は戦略とかもう少し反省するところから始めろ。

「こっちの世界に来てからいい所がないからな。俺もやる時はやるんだ」

ついにはドヤ顔で語り出したタカヤが、なんか調子に乗ってきたようだ。

「トランプだけどな」

それを聞いた葵がボソッと呟くと、紅茶を飲んでいた静香が危うく吹き出しそうになっていた。


ゲーム対決が終わり、居間は笑い声が絶えない空間となった。

「にしても、こんなに盛り上がるとはな」

「ふふ、これだけ遊んだのは久しぶりよ」

想像以上に盛り上がったゲーム大会を終え、葵と静香は充実感を感じていた。

「次は必ず勝つからな、覚悟しておけ!」

「受けて立とう」

蘭子は相当悔しかったらしく、タカヤにリベンジを誓っている。

さっきからそのセリフ6回くらい聞いてるけど。

その時、再びオーナーが部屋に入ってきた。

「まあまあ、今度はトランプ大会ですか?さぁ、紅茶のおかわりはいかが?」

どこからか見ているのではないかと思うくらいに毎回完璧なタイミングでやってくるオーナー。

「おお!よし!皆の者!休憩だ!」

「助かります~」

「ありがとうございます、オーナーさん」

蘭子が武士みたいな号令をかけると、葵と静香は手厚い対応をしてくれるオーナーさんに向かってお礼を言った。

時間が経つのを忘れるほど4人でふざけ合って、笑い声とティーカップの音が柔らかく響く午後が過ぎていく。

平和というのはまさにこの事なのだろう。

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