転生した神様は働かない!〜神が事故って異世界転生してしまったなら冒険者になって神界へ帰る方法を探すしかないじゃないか

いぬがみとうま

第1話 不幸な人間よ。異世界では安心して暮らせ


 プロローグ


 ……物心がついたころから、ずっと俺には不運がつきまとっていた。


 世間では俺みたいな奴のことをツイてない奴とか言うのだろうけど、俺の場合そんな生易しいものではない。


 確率ってたしか中二で習ったんだっけ。サイコロを振って一が出る確率は六分の一。すごろくをやって、三回連続一が出る確率って二一六分の一なわけさ。


 俺は実際五〇マスのすごろくで、五〇回連続で一を出したことがある。

 計算式にしたら『1.24*10のマイナス37乗%』……。


 天文学的確率で不運なんだ。誇張しているわけではなく、実際にだ。

 信号はいつも赤、買った家電はいつも初期不良、USBはいつも上と下が逆。


 あの時だってそうだ。


 朝の満員電車で痴漢と間違えられて、急いで逃げたら階段で転び、そんな時に限って交通系ICカードの残高不足。改札を飛び越えたら着地点にバナナの皮。


 そして……。


 ◆


「滑って後頭部打った痛みで転がったところに犬のウンコ。それを喉につまらせて死んだってか? ぶわっはっはーーッッ。やめてくれ、俺が笑い死にしそうだ」


 転生神である俺の前にやってきたのは、先程「犬のウンコ喉につまらせ死」した宮沢という若者だった。


「非業な死を遂げた者を転生するのが俺の仕事なんだがな、ちゃんと非業な死だったのかってのを確かめないといけないのよ。この『神チューブ』ってので見れるんだけどな」


 手に持つ転生神専用タブレットを宮沢に見せてやった。もちろん、犬のウンコを喉に詰まらせてもがき苦しんでいる表情のところで一時停止して、だ。


「こういうのを見ながら酒飲むのが楽しいのよ。ぶわっはっは」


「ちょ、人の死をなんだと……」


「まあまて、続きを見ろって。この先はお前も知らないだろ! ほら、見て。誰も人工呼吸しねぇのよ! このあと来た救急隊員がお前の口からウンコ出したらよ、とうもろこしの粒が混じってて……ひぃひぃ、腹痛ぇ」


「うそでしょ! ウンコのせいで人工呼吸してくれなかったの? うわぁぁぁ」


「ひひひぃ、ハァハァ。で、まあ死因の事は置いておいてだな、とうもろこしウンコ食い君」


「誰がとうもろこしウンコ食い君だぁーーッッ 主食は米だからーーッッ」


 まったく人間ってのはからかい甲斐がある。


「……さて。宮沢よ。俺の名前はクローディン。非業な死を遂げた人間を転生させる死と再生の神だ。お前のような珍妙な死に方……ふふっ……をした者に再度チャンスと神の祝福を与える」


「ほ、本当に転生? アニメみたいに?」


 こいつらは、いつも同じ事言うな。「アニメみたい、ラノベみたい」ばかりだ。ドラクエの村人かよっつう話だ。


「面倒くさいから一気に説明するぞ。転生先は剣と魔法の異世界、元の世界には勿論帰れん。異世界語は気にするな、話せる。身体能力は異世界人の三倍。レベルが上がればもっと強くなる。神の祝福としてスキルでも武器でも大体の物は好きなものを与える。初期装備とある程度の金もやる。ハイ終わり。なにが欲しい?」


「なんでもいいんですか?」


 チッ、質問を質問で返すなよボケ。


「ああ、どうせ悩むんだろ? 構わん。俺はお前の滑稽な死に様を肴に酒飲んで待っててやるから」


「じゃぁ、降りかかる不運でもなんでも、すべてを跳ね返すスキルをください!」


 即答。初めて求められるスキルだった。この人間からすると、ただ生きるだけで不運がまとわりついてくるのだから、そういう発想になるのも納得ができる。


「まあ、その程度のことでよいのならば。ほれ」


 神力を込めて宮沢に手をかざすと、神の祝福の魔法陣が眩く光る。スキルの定着が完了した。


「ありがとうございます」


「構わんよ、仕事だ。さ、異世界生活を楽しめよ。俺は酒を飲む。あ、もう一回ウンコ食い動画を見よう。では、もう会うことはない。さらばだ」


 転生の魔法を発動すると、俺の体が光りに包まれた。


「な、なにぃーーッッ なぜだ! あ……」


 宮沢のスキル《すべてを跳ね返す力》が転生の魔法を跳ね返しやがったのか! 酒を飲んでたとはいえ、神であるこの俺がそんな凡ミスをするとは。


 だが時すでに遅し。転生魔法は球体魔法陣となり俺の体を包み込む……。




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    第一章 転生神、異世界に転生する。

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   一



 整った石畳の街並みは、行き交う人で賑わっている。


「まじかよ……俺、転生神なのに。転生させるのが仕事なのに。……なんでおれが転生しちゃってるのよ」


 呆気にとられるとはこういう事だろう。焦りとかではなく、ただただ思考が鈍化するという。そんな感覚で、どのくらいこの街並みを視点の合わない目で眺めていたのだろうか。


「転生者って最初なにやるんだっけな。……そうだ、冒険者登録だ」


 他人からみたら死んだ目をしているだろう俺の表情。転生者には偉そうに説明してるけど、実際に転生なんてしたことないのだからしょうがない。ましてや俺の人生、否、神生で下界に降り立つ予定なんてなかったのだから。


 人間ごときに神である俺が「あのーすいません、冒険者ギルドってどこですか?」ってのもなんか落ちぶれ感がある。そこは心配するなかれ俺! こんなときは。


「転生神専用タブレットー」


 これさえあれば、この世界の情報くらいわかっちゃうんだもんね。


 神界には便利アイテムがたくさんある。転生者が異世界の言葉がわかるのも、転生の間に入る前に無理やり食わされた、こんにゃくのおかげだし、転生魔法もぶっちゃけ、異世界ならどこでも扉の応用だ。


――王都冒険者ギルド――


 石造りの建物、所詮人間風情の建築技術。俺の住んでいた神界大理石造りの足元にも及ばない。なんて思うのはやめよう。これからこの世界で生きていかなければいけないのだ。


 都落ちしてしまったと考えるより、住めば都と考えた方が精神衛生上いいし、人間だって俺達の眷属みたいもんだ。……が。


「なんで人間の列に並ばないといけないんだよッッ」


 まさか、こんなに冒険者志願者がいるとは。そんなに需要があるもんなのか冒険者って。しかし、さっきの宮沢に金を渡したせいで俺は文無し。この世界の金がない以上は冒険者になって稼がなければ。


 並ぶこと一時間。やっと俺の番が回ってきた。


 笑顔で対応する黒髪で清楚系&たわわ系の若い人間の女は悪くない。いや、良い。俺の好みである。


「ランク検査ですか? 新規冒険者登録ですか?」


「新規登録だ。手短に頼む」


「では説明しますね。冒険者にはランクがございまして、こちらの水晶に手をかざしていただければランクが表示されます。レベルが高くなったら再度ランク検査をしていただき認定されれば、ランクが上がります。続いてランクの……」


「もういい、さっさと登録をしてくれ」


「はい、かしかまりました。では登録料として一万ゴルトいただきます」


「……え? 金がかかるのか?」


「はい。かかります。お手持ちがないのですか?」


「ちょっと、腹が痛くなったので、また来……ます」


 詰んだ。……下界って世知辛い。しかも、人間風情に敬語を使ってしまった。これが金の力というやつか。


 ――夜の酒場――


 こじんまりとした店だが、なかなかに雰囲気があるこの店のカウンターで管を巻く俺だが、下界の酒の味も悪くない。


「ったくよー、金稼ぐために冒険者になるのに、冒険者になるのに金がるなんてきいてねぇよ、べらんめえ」


「はは、元気だしてください、そんな時は酒飲んで忘れるんですよ旦那」


 唯一の話し相手はこの店の店主。冒険者にならなくても、ドブさらいや草刈りなんかの日雇いもあるらしい。こんなことはタブレットの情報にもなかった。


 前に転生させてやった殉職した刑事が言ってたな。情報は足で稼ぐって。


「金貯めて冒険者になるしかねぇか。俺が冒険者になったらすげぇぞぉ、オヤジ! しかたねぇ。明日から働くか。文無しじゃ今日の寝床もねぇってもんだぜ」


「……は? おい旦那。文無しだって?」


「おうよ!」


「おうよ! じゃねぇよ、てめー、タダ酒飲もうってのか?」


 酔っ払ったおれより真っ赤な顔で激昂する店主が、俺の胸ぐらを掴む。


 上等だ、死と再生を司る俺に歯向かおうなんざ……。そのとき。


「え? クローディン様? クローディン様じゃないですか!」


「ああん? 俺のことを知ってるなんて立派な奴がいるじゃねぇか」


 振り向くとそこには、小柄で一見気弱そうで地味な少年が立っていた。


「やっぱりそうだ! その学校指定ジャージにローブ。その便所サンダル。間違いないと思ったんですよ」


「おお! ちょうどいいところに来た。一人か? 一緒に飲もうぜ」


「もちろんです! いやぁ、まさかこんなところで会えるとは。嬉しいなぁ。僕ね、あれからすごく頑張ったんですよ。今じゃ冒険者としても結構有名になれたんですよ。探偵の方はまだまだですけどね。あははは」


 まったく嬉しそうに話しやがって。


「おい、オヤジ酒だ。酒持って来い! 今日は再会の祝だ! こいつが奢ってくれるからよ」


 それからも嬉しそうに、今までの事を話すこの青年に適当な相槌をして満足の行くまで酒が飲めた。


「よーし、もう帰るか。オヤジ、勘定はこの……えーと、この青年君につけといて」


「あれ、クローディン様、もしかして僕の名前……覚えてないんですか?」


「あ? 名前だけじゃないぞ、顔も存在も覚えてないわ」


「ひどいなぁ。僕ですよ、いかりです! 碇長助ちょうすけです!」


「誰だおめぇ。人違いだろ。俺に人間の知り合いなんていねぇよ」


「いるだろーーッッ! アンタ、人間を転生させてるんだからァ! 俺、アンタに転生させてもらったんだからァ!」


「いちいち覚えてねぇって、しかもお前みたいな地味な顔! とうもろこし入りの犬のウンコくらい印象とウンコ付けてから言え!」


「な! 最低だ! 支払いさせるためだけに知り合いのふりしたな! アンタ最低の人間だよ!」


「へへー、そもそも人間じゃありませんよー。神様ですよーだ」


「ゆるさねェ……コナゴナにしてやんぜ」


 立ち上がった碇長助は人差し指に魔力を込める。眩い光が凝縮されると俺に向かってスキルをぶっ放した。


「《魔丸マガン》ーーッッ」


 ちゅどーーんッッ!




 店が半壊するほどのスキルを発動した男。

 これが、かつて俺が転生させたという碇長助との再会だった。



 覚えてないけど……。

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