第4話 出羽三山と「成り損ない」の影
銀山温泉でこけるを「冷やしラーメン」のスープで物理的に浄化した後、二人は山形の内陸部をさらに進んでいた。
「あんまりアホなことばっかりしてるとバチが当たるで」
海里は、なぜかこけるの『ヘソクリ・C』で買った「ずんだソフト」を舐めながら、こけるの腕を引っぱる。
「どうせなら、ちゃんとしたとこ行くで。修験道の聖地、『出羽三山』や」
「しゅげんどう? なんやそれ、美味いんか?」
「アホ。修行や、修行。あんたのその腐ったナンパ根性、神様に洗い流してもろてこい」
かくして、二人がたどり着いたのは「羽黒山」の参道だった。
国宝の五重塔を過ぎ、荘厳な杉並木の石段を歩く。ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで3つ星を受けた、見事な杉並木だ。
「なんや、ここの空気……」
海里は、ずんだソフトを食べる手を止め、ゴクリと息をのんだ。
「山寺とも、宮城の瑞巌寺ともちゃう。空気が澄みすぎて、重いわ……」
その瞬間だった。
こけるの表情が、それまでのアホ面から一変する。
鋭い眼光が、杉並木の奥、観光客が集まる一角を睨んだ……陰陽師の顔だ。
「……海里、アカン! これは『神域』や ! しょうもないモンが紛れ込んどる」
「えっ? まさか、秋田の
海里も即座に緊張し、ソフトクリームを懐の符で(もったいないので)包んで仕舞う。
「いや、もっとタチが悪い」
こけるは、杉の巨木に片手を触れながら、目を細める。
「死んだ霊とちゃう。生きてる人間の『念』や! それも、しょうもない念が『溜まっとる』で」
こけるが睨む先、杉の巨木の影が不自然に蠢いている。
何人かの観光客がそこを通りかかり、急に足を止め、顔を歪めた。
「うっ…急に頭が…」
「なんか、すごく妬ましい気分になってきた…」
「チッ…!」
こけるは、忌々し気に吐き捨てる。
「これは、秋田や宮城のモンよりタチが悪い。『
影がぼんやりと人型を成し、
「海里!」
こけるが鋭く叫ぶ。
「結界! 観光客を守れ! この杉並木全体が霊脈や、気を散らすな!」
「わ、わかっとる!」
海里は即座に懐から数枚の符を取り出し、小声で祝詞を唱える。符が淡い光を放ち、観光客たちを怨念の瘴気から無意識のうちに遠ざける守護結界を張った。
その間に、こけるは怨霊の真正面に立っていた。
「神聖な出羽三山、汚させんで! お前らみたいな半端モンが来てええ場所とちゃうわ!」
怨霊が怒ったように瘴気を放つが、こけるは動じない。
懐から数枚の霊符を宙に放ち、鋭く印を結んだ。
「その腐った根性ごと、浪速の霊力で洗い流したる!
この清浄な霊気の中で、己の半端さを恥じながら消えぇ!」
こけるの霊力が、杉並木の清浄な霊気と共鳴する。
「……
放たれた浄化の霊力は、眩い「風」となって怨霊の核を正確に貫いた。
「成り損ない」の怨念は、断末魔の叫びも上げられず、聖域の清浄な空気に溶けて霧散していく。
「ふぅ。いっちょあがりや」
こけるが、いつもの軽い口調に戻る。
瘴気が消え、観光客たちが「あれ? 今、すごく涼しい風が吹いた?」「スッキリした」と我に返っていた。
「……」
海里が結界を解きながら、こけるに歩み寄る。
そして、こけるのアホ面をじーっと見つめ……フッと息を吐いた。
「……まぁ、今の『風』だけは、ちょっとは見直したわ。修行、サボってばっかりでもないんやな」
「へへん!」
こけるは、待ってましたとばかりに胸を張る。
「どや? ワイの海里! カッコええとこ見せられたな! この流れで、今夜は二人で…」
こけるがニヤけながら海里の肩に手を回そうとした、その瞬間……
バキッ!という音がしそうな勢いで、……その手は海里に掴まれ、ありえない角度に捻り上げられた。
「いぎゃああああ!? なんで!? 今、ええ雰囲気やったやん!」
「調子乗んな」
海里はこけるの腕を掴んだまま、スタスタと参道を下り始める。
「ウチは腹が減ってんねん!」
海里は、観光パンフレットの「グルメ」のページを片手に目を輝かせた。
「ほら、山形市内に戻るで! 今夜は『米沢牛』のA5ランク、特上カルビや!」
「わ、わかった! わかったから腕! 腕折れるって!」
こけるの悲痛な叫びが、静寂を取り戻した出羽三山の杉並木に虚しく響き渡る。
「(ていうか、やっぱりワイのヘソクリ・Cで!?)」
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