第2話 山寺到着、即確保 ~ からしを添えて ~


 新大阪駅を飛び出して数時間。


 道頓堀こけるは、JR山形駅の新幹線ホームに意気揚々と降り立った。


「着いたで! 華の都 山形! なんや空気が美味いわ!」


 ​ こけるは胸いっぱいに空気を吸い込む。


「これは『華のお姉さん』の匂いがプンプンするで!」


 ​ 改札を抜け、すれ違う女性たちを品定めするハンターの目でキョロキョロと見渡す。


「(うーん、駅前やと普通の美人しかおらんな…ワイが求めるんは『華』や!)」


 ​ こけるの脳内では、「華の傘男」たる自分が、雨でも降っていないのにどうやって「傘」を差し出すのか、という根本的な矛盾は完全に無視されていた。


「よーし、こういう時は霊験あらたかな場所や! 美人もパワースポットに集まるもんや!」


 ​ 安易な結論に達したこけるは、駅の路線図を指でなぞる。


「『山寺』? ええやん、名前からして霊力ありそうや。よし、仙山線せんざんせんと、」

 ​.

 ​ ​

 ……そして、JR山寺駅。


 こけるは意気揚々と登山口に立った。

 ​ 目の前には、空へと続くかのような、果てしない石段がそびえ立っていた。


「……はっ?」


 ​ 傍らの看板には、無慈悲な文字が刻まれている。


【 山寺『立石寺りっしゃくじ』 奥之院まで 1015段 】


「せっ、せんじゅうごだん!? 」


 ​ こけるの顔が真っ青になる。


​「アカン! 『華のお姉さん』に会う前に、ワイの体力が尽きるわ!」


 ​ とはいえ、ここまで来て引き返す選択肢はない…ヘソクリを使ってしまった手前……

 こけるは「ぜえ、ぜえ」と肩で息をしながら、一段また一段と、修行僧のように石段を登り始めた。


「はぁ…はぁ…しんどい…」


 ​ 途中の「せみ塚」で、一休みしている女性観光客を見つける。


(チャンス!)


 こけるは、息も絶え絶えに近づく。


「(はぁ…)お、お姉さん…(はぁ…)ボクと…(ゼェ…ゼェ…)」


「ひっ!?」


 ​ 全力で不審者を見る目で睨まれ、女性はダダダッと石段を駆け上がって逃げてしまった。


「(あ、待ってや~…はぁ…はぁ…)」


 ​ 体力の限界を迎えながらも、なんとかこけるは石段を登り切り、絶景の展望台「五大堂ごだいどう」にたどり着いた。


「おぉ……これは、絶景や……」


 ​ 眼下に広がる山々と田園風景。その壮大さに、こけるも一瞬、アホな目的を忘れて息をのむ。

 だが、その視線はすぐに、同じく絶景に感動している一人の女性観光客に移った。


 ​(キタ! 絶景と美女! 絵になるわぁ!)


(あれぞ山形の『華』や! 今度こそ!)


 ​ こけるは、最後の気力を振り絞って息を整え、そっと女性に近づいた。

 そして、人差し指を立て、キザなポーズ(のつもり)を決めた。


「お姉さん」


「はい?」


「その絶景も素敵やけど……ボクと一緒に、恋の『華』、咲かせまへんか?」


「…………えぇぇ?」


 ​ 女性がドン引きした顔でこけるを見た、その瞬間だった。


 ​ ビシャッ!!


 ​「へぶっ!?」


 ​ 何かが、こけるの後頭部にクリーンヒットした。


 熱い……そして、ツーンと鼻の奥を突き抜ける、強烈な匂い。


「あつっ! いだっ! な、なんやこの匂い! 目ぇしみる!」


 ​ こけるがパニックになりながら後頭部に手をやると、べっとりと黄金色のペーストが……


「か、からし!? なんでカラシが空から!?」


 ​ こけるは涙目で振り返った。


「誰や! ワイの頭にカラシ塗ったんは!」


 ​ そこには、五大堂から少し下りた場所にある茶屋のベンチで、一人の少女が悠然と串に刺さった団子を頬張っていた。


 ​ 大阪に置いてきたはずの、恋人・舞鶴海里である。


 ​ 海里は、こけるの惨状を一瞥すると、手にした串二本目をかじりながら、平然と言った。


​「ああ、こける。山形名物『玉こんにゃく』や。カラシたっぷりで、ようしゅんどる味が染みているやろ?」


 ​ 海里の足元には、つい今しがた「凶器」として投擲されたであろう、「玉こんにゃく一本目」の串が転がっていた。


「か、か、海里!? なんで、なんでここにおるん!? しかも玉こん二本目!?」


「ウチを誰や思てんねん」


 ​ 海里はこんにゃくを飲み込むと、冷たい目でこけるを見据えた。


「あんたのスマホのGPS見たら、山形駅着くなり『山寺』に直行や。あんたの考えてる『霊的スポット=美人ナンパスポット』いうアホな思考回路、大阪で新幹線乗る前からお見通しや」


​「ジーピーエス!?」


 ​ 海里は「ふぅ」と満足げに立ち上がると、こけるに歩み寄り、その胸ポケットから無情にも『ヘソクリ・C』の封筒をひったくった。


「さて、罰金や」


 ​ 海里は、分捕った封筒をパンパンと叩く。


「この玉こん代二本分と、ウチの交通費、お土産代、ぜーんぶ、あんたのおごりな」


「そ、そんな殺生な! ワイのヘソクリ・Cがぁぁぁ!」


 ​ こけるの悲痛な叫びが、山寺の静寂な空に響き渡る。


 先ほどの女性観光客は、この世のモノとは思えないヤバいカップル(?)に遭遇したと、顔面蒼白で足早に石段を下りていった。


​「あ……ワイの『華』が……」


 ​ こうして、こけるの「華の傘男ナンパ計画」は、山形の絶景を前に、開始わずか数時間で、カラシの匂いと共に確保されたのであった。


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