浪速陰陽師、花笠にこける? ~ 恋とグルメと陰陽師!浪速カップルの珍道中 ③ 、山形編! ~
月影 流詩亜
第1話 発端は「花笠」
「あ~……ワイのヘソクリ・Aが……。宮城の笹かまと牛タン(並)に化けた……」
宮城への無計画なナンパ遠征から数週間。
大阪某所、恋人である
財布(ヘソクリ・A)は海里に没収され、その中身は彼女の胃袋と土産物に消えた。
そのショックから、こけるは未だに立ち直れずにいた。
「ヒマや~、海里~。なんかオモロいことないんか~」
「うるさいわ。アンタがだらしないせいで畳のホコリが舞うねん。こっちは晩ごはんの準備で忙しいんやから、邪魔」
キッチンから、海里の冷たい声が飛んでくる。
こけるが「ひどいわ~」と口を尖らせた、その時だった。
『さあ、始まりました!山形夏の風物詩、「山形花笠まつり」です!』
こけるが惰性で流していたテレビの旅番組が、高揚したアナウンサーの声と共に切り替わった。
『「ヤッショ、マカショ!」の威勢のいい掛け声と共に、華やかな衣装に身を包んだ踊り手たちが……』
画面には、紅花をあしらった「
カメラが、汗を輝かせて微笑む女性の笑顔をアップで捉えた。
こけるの動きが、ピタリと止まる。
(花笠……はな…かさ……)
こけるの脳内で、秋田の「あきたこまち」、宮城の「伊達男」に続く、残念な方程式が猛スピードで組み立てられた。
(『
(『
(せや! そういうことか!)
こけるは畳の上でガバッと飛び起きた。
(山形は、街中が『華』のあるお姉さんだらけや! そのお姉さんたちを、ワイみたいなイケメン紳士が『
(なんちゅう天国や!)
こけるの目に、それまでの怠惰な光とはまったく違う、ギラリとした野生の光が宿った。
「海里! 緊急事態や! 急用思い出した!」
「はぁ?」
キッチンからひょっこりと顔だけ出した海里に、こけるは真剣なフリをした顔で叫んだ。
「山形の『花の霊気』が乱れとる! なんか知らんけど、強力な邪気がワイを呼んどるわ!」
「花の霊気? どの口が言うてんねん。昨日はテレビ見ながら『あー、米沢牛食いたい』言うてたやん」
「とにかく急用や! 邪気払いのボランティア、陰陽師・道頓堀こける、出動や!」
こけるは海里の返事も聞かず、リビングの棚に突進した。
そこには、宮城旅行の「お土産」として海里から無理やり渡された、一本の「こけし」が飾られている。
(へへん。まさか海里がワイにくれた、この土産物のこけしの底に、ワイのなけなしの『ヘソクリ・C』を隠してるとは思うまい!)
こけるはこけしをひったくると、その底にセロハンテープで貼り付けた封筒を剥ぎ取り、懐にねじ込んだ。
「ほな、行ってくるで!」
「あっ、こら! わけわからんこと言うて! 晩ごはんの買い物はどないすんねん!」
海里の呆れた声を背中で聞きながら、こけるは玄関を飛び出す。
目指すは新大阪駅。その胸は、まだ見ぬ山形の「華のお姉さん」への期待で膨れ上がっていた。
バタン!
荒々しくドアが閉まり、アパートに静寂が戻る。
「…………」
海里はキッチンから出てくると、こけるが付けっぱなしにしていたテレビをジト目で見つめた。
『いやー、花笠まつりで汗をかいた後は、A5ランクのとろける「米沢牛」のステーキはいかがでしょうか!』
画面には、見事な霜降りのステーキが、鉄板の上で香ばしい音を立てる映像が映し出される。
海里は、ゴクリと喉を鳴らした。
「……米沢牛」
海里は、この世の終わりかのようなどす黒いため息を一つ吐いた。
「アホや。100パーセント、1000パーセント、『花笠』を『華のお姉さんに傘さす男』かなんかと勘違いしとる」
ウチを置いて一人で山形?
しかもウチがあげたこけしに隠したヘソクリで?
海里はフン、と鼻を鳴らすと、棚の奥、こけるがさっきまで見ていた場所とは別の場所をゴソゴソと探った。
「ウチを誰や思てんねん」
彼女が取り出したのは、こけるが持って行ったものと、全く同じ「こけし」だった。
「あんたが隠した思うたんは、ウチが仕掛けたダミーや。こっちが本命」
海里は「本物」のこけしをひっくり返す。
その底には、こけるが『ヘソクリ・C』と呼んでいたものより、明らかに分厚い封筒が貼り付けられている。
これこそが、こけるが『ヘソクリ・C』をダミーだと思い込んでいる、本命の『ヘソクリ・D』であった。
「あんたのヘソクリの隠し場所なんか、全部お見通しなんやで」
海里はそこから自分の旅費交通費と、ついでに「(特上)米沢牛代」を抜き取ると、手際よく荷物をまとめ始めた。
スマホを取り出し、こけるの現在地(新大阪駅へ移動中)を示すGPSアプリを確認する。
「(ニヤリ)……さて。ウチも『米沢牛』、食べに行くか」
「ホンマ、単細胞やな」
かくして、こけるの「華の傘男ナンパ天国計画」は、開始五分で恋人の完璧な監視下に置かれることとなったのである。
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