一年生・体育祭 GameRe:Start

第5話 Continue

***


「お〜、やっと帰ってきたか、二人とも」


 家に帰るなり、千恵が頭を掻きながら言った。

 こいつがリビングにいるなんて珍しいな……。


「ひさ、晩飯終わったら話があるんだけど」


「ん?おう……」


 やけに真剣な目で千恵が言ったので、若干反応に困った。

 どうせ、いつものしょうもない話だろう。

 真面目に取り合うだけ損だ。


 そう思っていたんだが――


***

 

「入るぞ」


 コンコンと、千恵の部屋の扉をノック。

 すぐに「待っていたぞ」と返ってくる。

 遠慮なく扉を開くと、そこには部屋に綺麗に整頓されたゲームと漫画、そして散らばっている仕事の資料らしきもの。

 机の端に、飲みかけのエナドリが二本並んでいた。

 いつもなら一気に飲むくせに、今日は残っている。その些細な違和感が、じわじわと胸に引っかかった。


 普通逆じゃないか……?


「で、話ってなんなんだよ?」


 面倒くさくなって、話の核心にさっさと移動しようとする。が、


「まあそう焦るな。こっちにも心の準備ってのがあるんだよ。ゲームでもしようぜ。何がいい?」


「RTAでもするか……」


「お前俺と一緒にするつもりないだろ……。アクションゲーにするか。これ、レアなやつなんだよ。初回限定版」


 ドヤ顔で古いパッケージに包まれたカセットを見せてくる。

 これ、確かだが数万するやつだよな……。


「どうでもいい、早くやるぞ」


 その俺の返答に満足そうに千恵は頷いて、


「ああ、まあ、ゆっくり行こうぜ」


 寂しそうに、見たこともない表情で微笑んだ。


「それで?話ってなんだ?」


 画面の中のキャラクターを動かしながら、真剣な目つきでプレイする千恵に聞く。

 しかし、流石のゲームスキルと言うべきか、全然ついていけないな……。


「おい、アイテム奪うなよ、ひさ。しかし、お前、なんか下手になってないか?」


「お前が上手くなってるんだよ。だから、話って――」


 千恵はコントローラーを握る手が、いつもより固かった。

 口では軽く言っていても、肩が上がってる。気づかないふりをしたほうがいいんだろうか。

 そんなことを考えている自分が、なんだか妙に落ち着かない。


「ほら、裏ステージ入るぞ」


 遮るように、千恵が言った。

 いつもの千恵ではなかった。

 いい加減で、笑うことでしかコミュニケーションを取れない奴とは。


「おい、ホントにどうしたんだよ」


 千恵はボタンを押す指を止めない。

 けれど、視線は画面の奥じゃなくて、どこか別の場所を見ているようだった。

 俺の知らないところで、こいつはずっと何か抱えて――

 そんな考えが喉の奥でひっかかった。


 裏ステージに入って、お決まりのムービーが流れる。

 暗転し、ムービーの光だけが部屋を照らした。

 幼馴染がさらわれるお決まりのシーン。

 昔は笑いながら「またかよ」ってツッコんでいたはずなのに、今日は妙に胸がざわつく。

 千恵の違和感ばかりが気になって、ムービーの内容が頭に入ってこない。


 なんだか、雪宮のことを思い出した。


 それにしても、このゲームキャラクター、随分適当だよな。

 何度も何度も幼馴染をさらわれて、決して学ぼうとしない。

 そう、まるで隣りにいる、このダメな兄のような――


「俺、加奈子と別れることになったんだよ」


 独り言のように、千恵はそう呟いた。


 その一言が落ちた瞬間、ゲームの効果音が無意味な雑音に聞こえた。

 返す言葉が、うまく見つからない。

 ただ、胸の真ん中が妙に冷えた。

 こいつが笑って誤魔化さなかったのは、いつ以来だろう。

 

「……なんで?」


 画面の光だけが部屋の中を照らし、影がゆらゆらと揺れた。

 千恵の横顔は、いつもの軽薄な笑みの気配すらなかった。


「好きな男が、できたんだってさ」


 千恵の眼は、画面の奥を、静かに見つめていた。


「……自業自得じゃねぇか」


「ああ、そうだな……」


 もっと茶化して返すと思っていた。

 なのに、返ってきたのは、乾いた了承の声だけで、胸の奥がざわついた。


 笑わない。

 頭を掻かない。

 こんなの、千恵じゃない。


「お前は、バカだな。千恵」


 千恵の喉が、ごくりと鳴った。

 それだけの音なのに、やけに大きく響く。

 いつもなら絶対に見せない弱さが、そこに滲んでいた。


「ああ……そうだな……でも、でもッ……俺は、彼女にまだ、見捨てられたくないんだ……」


 嗚咽が混じり、咳き込む千恵は、いつもの彼じゃない。

 奴は、泣きかけていた。


「お前は、どうしたいんだ」


「別れたくねぇよ、俺のせいだよ。でも、それでも、俺はまだ、加奈子と一緒に……!」


 途中で千恵の声が割れた。

 息を吸うたびに、震えが肩から伝わってくる。

 見たくないのに、目を逸らせなかった。


 ほんとにコイツは、情けないやつだな。

 千恵の操作するキャラクターが、倒れた。

 画面の中のキャラクターが崩れ落ちた瞬間、それが千恵自身の姿に重なって見えた。


「だから、頼む、ひさ。俺と千恵に、もう一度、話す機会を、くれないか」


 顔を上げた千恵の目は真っ赤で、

 それでも必死に涙を堪えているのがわかった。

 こいつなりの“プライド”がまだそこにある。


「まったく、お前はいくらなんでも、いい加減が過ぎるだろう」


  腹が立つ。

 でもそれ以上に、こんなにも弱った千恵を見るのが、どうしようもなく苦しかった。


 そう、それがやっぱり、千恵で。

 人の助けが、手がないと、何もできなくて――


「俺は、チャンスを作るだけだ。最後は、お前が、お前の言葉で伝えるんだ」


 ――でも、助けが、手があったら、最強になれる。

 それが、千恵だ。


「よろしく頼む、ひさ」


 決定ボタンを押す音だけが、やけに鮮明に響いた。

 千恵が諦めていない証みたいに。


 コンティニューが、行われた。 

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