別れた理由

なかむら恵美

第1話

僕は彼女と別れた。ついさっき。

いい人だった。女性としていうよりも、人間として魅かれた。

なじみのスーパーで何回か通りすがった。

「そのゼリー、美味しいんですよね。わたしも好きです。一寸高いけど」

ゼリー売り場で、僕がボーっと、ある商品を見ていたら、話し掛けてきた。

「えっ?」

笑うと出来る笑窪と、特徴的な声がだけが印象に残っている。


何となく話はじめた。

無意識的に彼女が来店しそうな時間にスーパーに出向いた。

偶然を装った。そういう関係になった。

肌を重ねる時、さらさらした艶に眩暈がした。

僕の肌がしっとりを与え、丁度いい具合になる。

好みだ。今までの女とは、全然違う。

「結婚」

「共に苦楽を」「一緒に」類いの言葉も、どこからともなく沸く。

「最近、ご機嫌だよね。何かいい事、あったりした?」

多くの仕事関係者から聞かれ、

「良く頑張ってるじゃないか、佐々原くん。素晴らしいよ」

滅多に部下を褒めない部長の声が、何よりも僕を嬉しく、弾ませた。



彼女も僕を好きでいる。夢中に恋をしてくれる。

何か僕から言われるのを、待ち望んでいる節さえある。

(次回ぐらいに、一寸じらして、次の次ぐらいに。次の次の次?止めた方がいい)

心算(つもり)の算盤をパチパチ弾きながら、飼っていた動物達を話題に出した。

柴犬(しばけん)の「ポン太」、トラ猫の「三次(さんじ)」。

オウムの「ピーちゃん」。

僕の家ではみんな動物が好きで、子供の頃、何年か毎に飼っていたのだ。

初めてする話だから、彼女も興味を持つだろう。

「へぇ~っ」「そうなの?」「面白いわね」

大きな笑窪を想像する。僕の未来を支えてくれる象徴だ。



声が止まった。「えっ?」

「えっ?」

驚き、聞き返す。オウム返しとなる。

「飼ってたの?犬・猫・鳥(いぬ・ねこ・とり)を。三郎さん」

(どうして区切り、区切りに言うのだろう?)

素朴な疑問を抱きながら、彼女を見る。

「そうだよ」

続ける。希望を述べた。

「だから美代ちゃんと、、、その、、いっ、一緒になっても、、」

遮って来た。

「ごめんなさい」

「ごめんなさい!?」

再びオウム返しが出たが、今度は、驚愕だ。


僕の家とは真逆だった。

義父になる予定だった彼女の父は、子供の頃。

柴犬に足を噛まれ、ニヶ間もの重傷を負った。

左足の腿に今でも手術跡が残る。

義母になる予定だった彼女の母が唯一、大丈夫なのは小鳥と兎。

動物自体は嫌いじゃないが、アレルギーがある。大抵の動物に出る。

彼女、美代ちゃんの体験は壮絶だ。

三歳の時。

大きな犬にいきなり吠えられビックリし、声に支障が出るようになった。

小学校に入る際。

前日に入学式当日に来てゆくお洒落な服を、隣の猫にめちゃくちゃにされた。


義兄になるはずだった彼女の兄は、小学生の時に。

父と同じ体験をし、中学生の時に、左腕をやられた。

義妹になるはずだった彼女の妹は、高校生の時。

何日も動物達の大群に襲われる夢を見て以来、大の動物嫌いになった。

虫唾が走るレベルだ。


ざっと数えて15人ほどいる身内の中にも、経験者が多い。

よって在原家では、タブーの話題の第一が「動物」である。

親戚が集まったとしても絶対、話題にのぼらない。


「そんなんで、、、その、、悪いけど」

沈んだ声で「、、、ごめんなさい」

僕は彼女を見た。茫然となった。

「そんな事」

大したことじゃない、大丈夫さ、気にしなくていい、

動物を飼うのは止めよう、約束する。

言おう、言おうと考えた。けど、言えない。言葉が閊(つかえ)る。

「、、、その、あの、美代ちゃん」

「楽しかったわ。今まで。ありがとう。さようなら」

無理して迄、笑窪を作る。

「僕もだよ。美代ちゃん」心とは反対だ。

そして、別れた。

                            <了>

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