第2話 沈黙の掟

由紀子が女将に無理やり問い質すと次のことが分かった。


行方不明になった青年の名は、祐介。


二十四歳で田の管理を任されていたという。


他の宿泊客の誰に聞いても「働き者で、悪い子じゃなかった。」と口を揃えるが、そこから先の言葉は続かない。




「警察には?」


由紀子がそう尋ねると、女将はわずかに首を傾けた。


「……あの人たち、ここまでは来んのです。」


一瞬、何を言われたのかわからなかった。


「来ないって、通報したら――」


「“ここまで”は来んのです。」


同じ言葉を繰り返す女将の声は、静かだが断固としていた。


外界とこの村の間に、目に見えぬ境界線があるような口ぶりだった。




その夜。宿の外では、太鼓の音が響いていた。


何かの儀式でもしているのだろうか。


障子の隙間から覗くと、村の中央の広場に人影が集まっていた。


裸電球の明かりの下で、老人たちがぐるりと円を描いて座っている。


中心には、白い布をかけられた何か――。


その布が、微かに動いた。


由紀子が息を呑んだとき、背後で畳がきしんだ。


振り向くと、宿の女将が立っていた。


「……見ん方がええです。」


女将の顔は、泣いているようにも、笑っているようにも見えた。


「“外の人”は、見たらあかんのです。うちらの“夜”を」


そして、女将はそっと障子を閉めた。由紀子がそれ以上のことを問うのを拒んでいるようだった。




太鼓の音が遠のくにつれて、胸の奥に残るのは奇妙な確信だった。


――この村では、人が消えるたびに、何かを“隠す”儀式が行われている。


それを村人全員が知っていて、見て見ぬふりをしているのだ。




翌朝。


由紀子が宿を出ると、広場は何事もなかったように片づけられていた。


ただ、地面の中央に、円形の焼け跡だけが残っていた。


黒く焦げた土の中に、白い骨片のようなものが混じっている。


「それ、何ですか?」


村の若者に尋ねると、彼は目を逸らし、わずかに笑った。


「知らん方がいいです。……ここでは、全部“みんなでやる”んで。」


「みんなで?」


「ええ。ひとりが間違うと、みんなで正すんです。そうせんと、村が壊れてしまいます。」


「壊れる?」由紀子は聞き返したが若者は質問に答えようとしなかった。


「あなたはそれでいいの?何の疑いもなく、善悪も判断せずに大人の言われるままに生きて。」


「仕方がないのです。この村では“疑問”をもつことは“罪”なのです。消されたくなければこうするしかないのです。」若者の声には必死さと恐怖と諦めの響きがあった。




その言葉を聞いた瞬間、由紀子はようやく理解した。


この村に“個人の罪”という概念はない。


あるのは、“村全体の均衡”だけだ。


だから、誰かが外れた瞬間――


その「誰か」は、“いなかったこと”にされる。

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