💎 真鍮の定規と、透明な予算書

Tom Eny

💎 真鍮の定規と、透明な予算書

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第一幕:見えない壁の建築と欺瞞の構造


その王国では、立派に見えることこそが、唯一の生存戦略だった。王の浪費は、己の無能さを誤魔化すための盾となっていた。通りを歩く者は皆、内心の不満を押し殺し、贅沢に大袈裟な賛辞を競った。


路地裏。カイルは、妹リラの手から土埃と空腹の冷たさを感じていた。脳裏にある焼きたてのパンの甘い匂いは、今や城壁から発せられる資材の鉄錆びた、乾いた匂いに上書きされていた。


父はかつて、無駄な城壁に不正な予算配分があると指摘し、虚栄心を傷つけた罪で、全財産と、父の誇りである真鍮の定規を没収された。カイルにとって、この国の仕組みは、家族から盗まれた「生存の権利」そのものだった。


ある日、二人の老詐欺師が王に、「真実の心を持つ者にしか見えない、世界一固いご神木」の種を売りつけた。


「陛下、この城壁は『不正を暴く』効果を持ちます。不正を働く卑しい者にしか、ただの土にしか見えません。」


詐欺師たちは、王の虚栄心と、国民の自己欺瞞を利用した。王は歓喜し、国費の残りをすべて渡し、種は植えられた。国民が紡ぐ賛辞は、分厚い靄のように王国全体を包み込む『耳障りな空虚な音』となった。王は完全に安心し、警備をすべて解いた。虚飾の結界が最強の防衛であると信じ込んだためである。


この「ご神木」は、人々の嘘を吸い上げて成長する「虚飾の結界」だった。カイルは、この空虚な音と澱んだ空気の重さに、妹の未来が押し潰されるような絶望を感じていた。


第二幕:真実の叫びと虚栄心の崩壊


その夜、「虚栄心の巨人」が空洞を通り、城内へと侵入してきた。


巨人の体は、無駄な城壁の資材の残骸と奪われた宝石が、『光を吸い込むような濁った輝き』を放ち、『冷たい油の膜』のように貼り付いた醜い塊だった。大人たちはみな、「ご神木のおかげで安全だ」と自己欺瞞の呪文を繰り返し、現実から目を背けていた。


巨人が王の冠に手を伸ばした瞬間。


カイルの心は爆発した。彼の脳裏で、妹のやせ細った手と、父が定規を叩きつけられた時の鈍い音が一つに重なった。


――


「木なんか、ない! 王様は、お前たちの虚栄心に身包み剥がされた、ただの裸の道化だ!」


この「真実の叫び」は、嘘の結界をガラスのように粉々に砕いた。


王は激しい痛みに襲われ、「見えない服」は『薄いガラスの破片が肌を裂くような高い音』を立てて崩壊した。その衝撃は巨人に伝播し、装飾品が音もなく、ただの塵のように崩れ落ち始めた。大人たちは初めて、目の前の現実を認識した。


カイルは、手に馴染む重さの「真鍮の定規」を城壁の土に突き立てた。父の正直な仕事の意志と、カイルの真実を養分に、「真のご神木」が大地を突き破り、目を射るような力強い光を放ちながら、天へと力強く伸び始めた。


第三幕:天上の奪還と名誉の回復


カイルは、父の知識を頼りに、ご神木を登った。偽りの黄金郷には、巨人の崩れた体から発せられる腐敗した、熱い空気が満ちていた。


財宝の保管庫にあったのは、山積みの「透明な予算書」。その紙束は、触れると『国の財政が健全になる予感のような暖かさ』をカイルの手に伝えた。その他、国のインフラに必要な資材の原石など、真の価値を持つ富だった。


カイルが本物の富を携えて戻ると、王は「真実こそが最も強固な壁であり、最も価値のある富である」と悟った。


少年が持ち帰った「透明な予算書」と資材は、財政の透明化とインフラの回復という、王国を再建するために論理的に不可欠な富として使われた。


カイルは国を救った英雄として、その財産と、父の正直な建築家としての名誉を回復した。


しかし、城壁を囲んでいた人々の心には、未だ「愚か者と見られたくない」という、かすかな恐怖の残響が残っていた。彼らが再び嘘を紡がない保証は、どこにもない。


カイルは、父の遺産と自らの勇気によって、嘘のない新しい王国の希望の光となった。だが、彼の手には今も、父から受け継いだ**真鍮の定規が、その重さを変えることなく握られている。**その重さは、常に真実を測り続けるという、終わりのない使命を象徴していた。

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