追放された俺の【アイテム・リマスター】が、実は神装備を生み出す最強スキルだった件

Ruka

1章 追放された生産職と落ちこぼれの天才

第1話

「いい加減にしろよ、ゴミが」


 冷たく響いたその声に、俺――神崎翔琉は顔を上げた。


 目の前に立つのは、俺が所属するクラン「グリフォンズ・ティア」のリーダー、赤松龍司。Aランク探索者である彼は、燃えるような赤髪を苛立たしげにかきあげながら、俺を見下している。


「また装備を壊しやがって。お前のせいで、今日のレイドはグダグダだっただろうが!」


「す、すみません……赤松さんの剣、すぐに修理しますから!」


 俺は慌てて床に散らばった、ひび割れた大剣の破片を拾い集めようとする。だが、その手は赤松のブーツに無慈悲に踏みつけられた。


「いっ……!」


「修理? Fランクのお前にできるのは、ガキの工作みたいな応急処置だけだ。そんなもんで、高難易度ダンジョンのモンスターが斬れるかよ」


 ギリ、と万力のような力で指を踏みつけられ、思わず呻き声が漏れる。周囲のクランメンバーたちは、誰も助けてはくれない。嘲笑を浮かべる者、興味なさげにそっぽを向く者、その反応は様々だったが、俺への同情など、そこには欠片も存在しなかった。


 ここは、ダンジョン探索者たちが集うクランの拠点。

 突如として世界各地に出現したダンジョンと、そこに巣食うモンスター。それらに対抗するため、神から『スキル』を授かった者たち――探索者が、現代社会の花形となって久しい。


 俺もまた、そんな探索者の一人だ。

 授かったスキルは【アイテム・リマスター】。


 その効果は、壊れたアイテムを修復・強化するというもの。一見すると便利そうに聞こえるかもしれないが、大きな欠陥があった。修復・強化の成功率と精度が、俺自身の知識と技術、そして素材に大きく依存するのだ。ろくな素材も知識もない俺がこのスキルを使っても、せいぜい欠けた刃をくっつけたり、凹んだ鎧を叩いて直したりするのが関の山。


 その程度の『修理』なら、専門の職人に頼んだ方がよほどマシな仕上がりになる。

 結果として、俺の探索者ランクは万年F。戦闘能力も皆無。クランでは「安上がりの修理係」という名の、雑用係としてこき使われるだけの毎日だった。


「だいたいよぉ、翔琉。お前のスキル、マジで存在価値あんのか?」


「え……」


「戦闘もできねえ、まともな修理もできねえ。ただいるだけで、分け前だけは要求する。お前、寄生虫と何が違うんだよ」


 赤松の言葉は、鋭い刃となって俺の心を抉る。

 違う、俺のスキルはそんなものじゃない。本当は……。


 そう言い返したかったが、言葉は喉の奥に張り付いて出てこない。俺のスキルの本当の価値を、誰にも理解してもらえなかったからだ。


【アイテム・リマスター】は、その名の通り、アイテムを『再構築』するスキル。理論上は、ガラクタ同然のジャンク品からでも、材料と知識さえ揃えば、国宝級のアーティファクトを生み出すことすら可能なはずだった。


 だが、それはあくまで理論上の話。神装備を作るには神話級の素材と、神の如き知識が必要になる。そんなもの、Fランクの俺に手に入れられるはずもなかった。何度か挑戦しては、貴重な素材をただの鉄クズに変えてしまい、クランの皆から大笑いされたのがトラウマになっていた。


 それ以来、俺はこのスキルの可能性を心の奥にしまい込み、ただの便利な修理スキルとして振る舞ってきたのだ。


「もう我慢の限界だ」


 赤松が冷酷に言い放つ。


「神崎翔琉。お前は今日限りで『グリフォンズ・ティア』を追放だ」


「……え?」


 思考が、一瞬停止する。

 追放? 俺が? このクランを?


「な……なんで、ですか。俺、これまでクランのために……」


「ああ、尽くしてくれたよな。『ゴミなりに』な。だが、もうお前の代わりはいるんだよ。正式に、Bランクの生産職と契約した。お前みたいな間に合わせは、もういらねえ」


 赤松はせせら笑いながら、衝撃の事実を告げる。


「そ、そんな……」


「というわけだ。これは決定事項だからな。さっさと荷物をまとめて出ていけ。ああ、クランから支給した装備は全部置いていけよ? お前の私物なんて、どうせガラクタしかないだろうがな!」


 高らかな笑い声が、ロビーに響き渡る。

 俺は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


 ◇


「グリフォンズ・ティア」の拠点を追い出された俺は、夕暮れの街をあてもなく彷徨っていた。

 所持金は、数日分の食費にも満たない。住んでいた寮も追い出されたため、今夜寝る場所すらない。まさに、裸一貫で放り出されたも同然だった。


「これから、どうすれば……」


 探索者として生きていくには、クランに所属するのが一番だ。だが、戦闘能力のないFランクの生産職など、拾ってくれる物好きはいないだろう。ましてや、有名クランを追放されたとなれば、悪評が広まるのも時間の問題だ。


 いっそ、探索者を辞めてしまおうか。

 そんな考えが頭をよぎるが、スキルを持って生まれた人間が、普通の仕事に就くのは難しい。社会は、良くも悪くもスキルを中心に回っているのだから。


 重い足取りで裏路地を歩いていると、ふと、一軒の古びた店が目に入った。

 看板には、かすれた文字で『何でも屋 R.I.P』と書かれている。ガラス窓の向こうには、埃をかぶったガラクタが山のように積まれていた。いわゆる、ジャンク屋というやつだ。


 何かに引き寄せられるように、俺は錆びたドアノブに手をかけた。


 ギィ、と耳障りな音を立ててドアが開く。

 店内は、カビとオイルの匂いが混じった独特の空気が漂っていた。所狭しと並べられたジャンク品の山。壊れた機械部品、ひび割れた魔道具、刃こぼれした武器。普通の人間が見れば、ただのゴミの山だろう。


 だが、俺の目には、それらがすべて『素材』に見えた。

 俺のスキル【アイテム・リマスター】が、疼くような感覚を伝えてくる。

 これがあれば、あれが作れる。あれとこれを組み合わせれば、もっといいものに……。


「……やっぱり、俺は、これが好きなんだな」


 自嘲気味に呟きながら、ガラクタの山を眺めていると、店の奥から静かな声がした。


「何か、お探しですか?」


 声の方に視線を向けると、そこに一人の少女が立っていた。

 年の頃は俺と同じくらいだろうか。透き通るような白い肌に、夜空を溶かしたような色のストレートのロングヘア。そして、ガラス玉のように感情の読めない、蒼い瞳。

 まるで作り物のように整った顔立ちの彼女は、静かに俺を見つめていた。


「いや、その……」


 何と答えればいいか分からず、俺は口ごもる。

 そんな俺の視線が、彼女の腕にあるものに釘付けになった。


 それは、ひどく古びた腕輪だった。魔力を制御するための補助魔道具のようだが、中心にはめ込まれた魔石は濁り、全体に細かい亀裂が入っている。明らかに、壊れていた。


 それを見た瞬間、俺の口は勝手に動いていた。


「あの、その腕輪……壊れてますよね?」


 俺の言葉に、少女はわずかに眉をひそめる。


「……ええ。それが何か?」


「もし、よかったら……俺に、直させてもらえませんか?」


 それは、ほとんど衝動的な申し出だった。

 追放され、すべてを失った俺に残された、唯一のもの。


 ゴミだと言われ、価値がないと蔑まれた、俺のスキル。

 その本当の力を、試してみたくなったのだ。

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