『久々にこんなに楽しかった。誘ってくれてありがと』

 公開授業っていうのは、まあ要するに授業参観だ。高校生にもなって授業参観なんてあったか……? なんて思ったけど、まあ俺がいた高校と日葵がいる高校は別の学校だし、ある所にはあるのかもしれない。

 あの日日葵が飛び出していく直前に拾った公開授業のお知らせの紙。日葵は特に何も言ってこないからいまだに俺が持ってるけど、これをどうしようかと俺は迷っていた。


 日葵がいない平日の真昼間。最近の日葵は以前よりもよく高校に足を運ぶようになったみたいで、まだまだ日も高いこの時間帯から俺の部屋に居座ることも減っていた。

 どんな心境の変化があったのかはわからないけど、どうやら学校に行って授業を受ける気になったらしい。これまであまり学校に行っていなかった分授業についていけているわけではないみたいだけど、それでもなんとか自分で勉強しようと頑張っている。


 俺は自分の部屋のテーブルに公開授業の紙を広げて、これを日葵にそのまま返すのかそれとももっと別のことをするのか考えていた。

 あぐらをかいて座って、腕を組む。お知らせの紙はいたってシンプルで、こまごまとした時候の挨拶やらなにやらが書かれていることを除けば公開授業開催の概要と日時が書かれているだけだ。


 こういうのは参加を表明するサインの部分があったりしそうなものだけど、目の前の紙にはそういうのはなかった。まあ、一応この紙を持ってこいみたいなことは書かれているから、これが学校に入るための引換券みたいなものかもしれない。入校証みたいな。

 普通だったらこんな紙日葵に返しておしまいだ。俺は別に日葵の親じゃないし、兄妹でもない。何なら親戚ですらない赤の他人だ。日葵の授業参観なんて全く関係ない。


 落ちてたことを日葵に伝えて、この紙を返しておしまい。それだけのはずなんだ。そのはずなんだけど。


「はぁ……」


 どうして俺が単純にそうしないのか。まあ、なにかこう複雑な事情があるわけじゃない。別に返したっていい。

 ただ――この紙を拾った日の日葵の様子を思い出す。


 突然服を脱いで、俺に迫ってきた。あの日以降日葵がそんなことをすることはなかったけど、いまだにあの光景は強烈に俺の中に焼き付いている。いやエロい意味じゃなくて。そんな場合じゃなかったし。

 普通こんな紙バッグの奥に押し込んでしわくちゃになって、忘れた頃に出てくるものだ。真面目な優等生とかならちゃんとファイルに入れて持ち帰ったりするのかもしれないけど、日葵は絶対そんなタイプじゃない。


 ということは、あの日あんなことをする前に日葵はわざわざこの紙をバッグから出していたというわけで。

 この公開授業というものに、日葵なりに思うことがあったのだろう。


 もちろんそれがあの行動に繋がったなんてことを考えてるわけじゃないけど。だって公開授業と裸で迫るって繋がりようがないし。流石に意味わからん。

 ただまあ、日葵が公開授業について何か思うことがあるっていうのは、なんとなくわかる気がするというのも確かで。


 日葵の家庭環境を考えれば、小学校から今まで日葵の親が授業参観とかに来てくれたことなんて一度もないんだろう。子供を虐待する親の気持ちなんて全く理解できないけど、そんな親がわざわざ授業参観なんて気にするわけないのは想像に難くない。

 だからまあ、もしかしたらこの公開授業に誰かに来てほしい……なんてことを思っていたのかもしれない。


 日葵から何かを言われたわけじゃない。日葵の口からは今まで一度も公開授業なんて言葉は出てきてない。

 だから俺がこの紙を見たからといって、日葵に公開授業の話を振るのも何か違う気がする。日葵もあんまりいい顔をしそうにないし。


 ――この間の週末、日葵と出かけたことを思い出す。

 出会ったころの日葵は刺々しい感じで、しゃべりかけたらめちゃくちゃ不機嫌になりそうな雰囲気があった。まあ俺が勝手に感じてただけで、別に話しかけただけで不機嫌になることなんて無かったんだけど。そういうことじゃなくて。


 でもあの日の日葵は笑顔が多くて、雰囲気も柔らかかった。年相応の高校生って感じで、あの日の日葵と夜の街で見た日葵が繋がる人はそうそういないだろうと思う。

 俺と一緒にいたから日葵が変わった、なんてことを言うつもりは全くない。実際俺は何もしてないし。日葵が勝手に俺の部屋に入り浸ってるだけだ。俺は来るなとも来いとも言ってない。来てもいいとは言ったけど。


『久々にこんなに楽しかった。誘ってくれてありがと』


 なんて。

 少し照れたようにお礼を言ってくれた日葵が脳裏に焼き付いていた。


 ……この公開授業の紙を日葵に返したところで、日葵は捨てるだけな気がする。どうするかは本当なら日葵の自由なんだけど、それはどうなんだと思う自分もいる。

 だからといって別に日葵の親に公開授業に行ってもらいたいわけでもない。そもそも無理だろう。日葵なんて最近本当に自分の家に帰らなくなってずっと俺の家にいるのに、日葵に親から連絡が入ってる様子なんて見たことない。


 親子は仲良くとか、親とは和解するべきだ、なんて主張する人も世の中にはいるけど、別に俺は無理なら無理でいいと思う。親も子供も一人の人間なんだ。仲良くするのが無理なものは無理だし、俺個人の感情として子供を虐待するような親とは一生仲良くしなくていい。

 じゃあどうするかっていうと……うーん……。という感じでこの紙の前でずっと悩んでいるのだ。


「どうしたもんかなぁ……」


 本当は俺の考えすぎで、たまたまこの紙が日葵のバッグから落ちただけで、日葵は公開授業に対して何も思ってないのかもしれない。俺に紙のこと何も言ってこないし。

 でもなぁ……できれば日葵には、このまま普通の高校生みたいに元気に過ごしてほしいというか。何様なんだって感じだけど、ちょっとしか年が離れてなくても俺は大人で日葵は子供だ。子供扱いしたら日葵は怒るだろうけど。俺だって大人として振舞えてる気なんてしないし、所詮ただの大学生なのは変わらないけど。


 ん~……――ダメだ。悩んでもなんにも思い浮かばない。そもそもこんなことで悩んでるのが変と言えば変なんだけど。この紙を日葵に返すか見なかったことにして終わりだ。

 終わりなんだけど……。


 俺は傍に置いてあったスマホを手に取った。ロック画面を開いて、メッセージアプリから目的の人のトーク画面を開く。

 数秒悩んだ後、そのまま通話ボタンをタップした。数コールの後に通話が繋がる。


「……ちょっといいか? 相談があるんだけど――」











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