第2話 呼ぶ者の目覚め
皇帝歴2970年。
俺が転生して三年で分かったことがある。
まず――この世界には、俺の念願だった“魔核”があった。
胸の奥で、確かな脈動を感じる。
幼いながらも、それが前世で手にできなかった“証”だと理解していた。
そしてもうひとつ。
ここは、憎むべきアルヴ=デリオン家だということ。
名前も同じ、運命も同じ。
皮肉にも、俺は再び「デリック」としてこの家に生まれた。
だが、今度は違う。
この世界のデリックには“光”が宿っている。
魔導書が現れた瞬間、その頁がまばゆい光を放ち、
空気が震えるのを感じた。
「これが……俺の、魔導書……!」
前世ではどれだけ願っても手に入らなかった。
だからこそ、今この手に現れたそれを見て、
胸の奥が熱くなるのを止められなかった。
――たとえ、この血が再び俺を縛るとしても。
「デリック!」
屋敷の方から声がした。
振り向けば、陽の光を背に立つ人影。
金の髪に淡い青の瞳、
立ち姿だけで“貴族”と分かる――俺の父だ。
「父上!」
「また庭で魔導書を使っていたのか?」
「……はい。」
声が自然と震える。
叱られるかと身構えたが、
父は小さく笑って、俺の頭に手を置いた。
「いい顔だ。
お前も、アルトルート様のようになれるといいな。」
その名を聞いた瞬間、胸の奥がひやりとした。
――アルトルート。
忘れるはずがない。
前世で俺を炎で焼いた、あの兄の名。
今世では“魔導戦争の英雄”として皇帝から称えられているという。
屋敷の玄関広間に入れば、
その名を刻んだ肖像画が堂々と飾られている。
金の額縁、燃え立つような赤のマント。
そこに描かれた顔は、俺が見たどんな炎よりも冷たかった。
「……英雄、ね。」
胸の奥の魔核が、わずかに脈打った。
炎の記憶が蘇る。
焼ける皮膚、焼ける匂い、焼ける声。
次は俺の番だ
心でそう誓った
「デリック、お前もあと数年経ったら――
自分の召喚獣を見つけに行くからな!」
父の声は穏やかで、どこか誇らしげだった。
太陽の光が金髪を照らし、その瞳に俺が映っている。
その笑顔を見て、胸の奥が少しだけ痛んだ。
前世では聞いたことのない“期待”の声。
それなのに、俺の心はまるで警鐘を鳴らすように震えていた。
(……信じるな。優しさのあとには、必ず炎がある。)
そう思いながらも、体は逆らえなかった。
温もりに、抗えなかった。
父はそのまま俺を抱き上げ、屋敷の中へと運んだ。
腕の中から見える廊下は広く、眩しかった。
壁に飾られた花瓶、光を反射する大理石の床。
――あの頃、俺を囲っていた離れはもうなかった。
冷たく湿った石壁も、錆びた鍵の音もない。
代わりに聞こえるのは、侍女たちの笑い声と
遠くで響く鐘の音。
まるで、全てが“最初からやり直された世界”のようだった。
(……違う。これは同じ場所じゃない。
でも、同じ匂いがする。)
屋敷の中では、侍女たちが忙しなく動いていた。
銀の器を磨く音、窓を開け放つ風の音、
すべてが整然としていて、どこか“生きている屋敷”のようだった。
その中で――突然。
「まぁ〜、デリック! 愛しのデリック!」
勢いよく駆け寄ってきた黒髪の女性が、
父の腕の中から俺を奪い取るように抱き上げた。
胸元に押しつけられた瞬間、
甘い香油の匂いと、柔らかな体温が一気に広がる。
「は、ははうえ……! く、苦しい……!」
「ふふっ、ごめんなさいね。でも可愛すぎるんだもの!」
母はそのまま、頬をすり寄せながら笑った。
黒曜石のような髪が肩からこぼれ、
その瞳は太陽の光を映してきらめいていた。
――前世の母は、こんなふうに笑わなかった。
どこか遠くを見て、
俺を抱くことすら恐れていたあの人と、まるで別人のようだ。
(……本当に、同じ母なのか?)
「また外で遊んでたの? 将来有望ね!」
そう言って俺の額に口づけを落とす。
その声には、誇りと愛情が滲んでいた。
温かい。
けれど、どこか怖い。
(こんなに幸せなはずなのに、どうして胸が痛いんだ……)
父が横で微笑みながら肩をすくめる。
「おいおい、あまり潰すなよ。将来の英雄だぞ?」
「うふふ、分かってるわよ。でも今は私の番でしょ?」
屋敷に笑い声が響いた。
光が差し込む広間の中、
俺だけが、なぜかその眩しさに目を細めていた。
(この家に、本当に“前の影”は残っていないのか……?)
胸の奥――魔核が、わずかに震えた。
もしかしたら今世の両親はいい人たちなのかもしれない。
心の中でそう思った。
それから、ひたすら己の鍛錬に明け暮れた。
朝は陽が昇るより早く起き、魔力の循環を感じ取り、
夜は眠気に抗って魔導書の文字を追った。
幸い、前世の十年分の努力の甲斐があるから、初っ端からつまずくことはなかった。
それで自分の得意分野を見つけ、伸ばしていく。
詠唱の速度、陣の構築、魔力の圧縮。
どれも幼い身体にしては驚くほどの成長を見せた。
召喚にも適性がある。
炎、水、雷――といった属性があり、
言えばまだまだあるが、それぞれ適性があり、それを伸ばす。
最初は、そうだった。
魔導書の頁をめくるたびに、違う光が応えた。
炎の章を開けば熱が走り、
水の章を開けば指先に冷気が宿る。
雷の章では、空気がかすかに震えた。
(……これは、前世にはなかった反応だ。)
胸の奥の魔核が脈打つ。
その鼓動に合わせて、世界の“声”が確かに近づいてくる。
(俺は今度こそ――呼べるかもしれない。)
そんな小さな期待が、
静かに胸の奥で燃え始めてい
俺は両手の人差し指をくっつけ、それを唱えた。
「――雷よ。」
次の瞬間、空気が震えた。
ピリピリと指先に振動が走る。
乾いた音が微かに弾け、光が線となって走った。
そこから広げれば、まるで生き物のように雷が枝分かれして伸びていく。
青白い閃光が、部屋の壁を一瞬照らし出した。
空気が焦げる匂い。
肌をかすめる熱。
小さな音が、世界の呼吸と重なるように響いた。
「……す、すごい……」
自分の口から漏れた言葉に、自分でも驚いた。
心臓が早鐘のように鳴る。
ただの遊びでも、訓練でもない。
これは紛れもなく――俺自身の力だった。
「これが……俺の、力か……」
掌に残る微かな熱を見つめる。
前世では何をしても得られなかった感触。
世界が確かに“応えた”瞬間。
胸の魔核が、静かに脈打った。
それはまるで、遠くの誰かが呼吸を合わせてくれているようだった。
――そして、時は流れた。
それから四年後。
皇帝歴2974年。
俺の召喚獣と契約する時だ。
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