第2話 かつては彼女も騎士だった
敵を一匹残らず屠ったのを確認し、少女は待たせていた騎士たちのところへバイクを移動させる。
こちらへ向かってくる救世主に、騎士たちはようやく我に返って彼女を凝視する。
「嘘だろ……。あんな子供が中位海魔をあんなあっさり倒しちまうなんて」
「まさか、騎士であるおれたちが見ず知らずの子供に助けられることになるとはな」
「いや、子供じゃない」
同期二人の言葉を否定した青野に、両者は胡乱げに彼を見やった。
「青野?」
「どっからどう見てもガキだろ」
「違う! あの人は――」
青野が言いかけたところで、彼らの眼前にやってきた少女はサングラスを頭上に持ち上げる。深海の如き静謐な碧瞳が騎士たちを射抜くように睨めつけた。
「あたしが、何だって?」
「い、いえ! 何でもありません」
彼女の素性を知っている青野は肩を震わせて勢いよくかぶりを振るが、他の二人はなぜ彼が少女に委縮しているのかわからずただただ首を捻った。
「青野。お前さっきから何ビクついてんだよ」
「そりゃこんな可愛らしい女の子が物騒な狙撃銃持って海魔を倒したのを見たら、いやでもビビっちまうか」
「ばっかお前っ!」
青野が慌てて同期の口を塞ごうとした途端、少女――いや、小柄な女性は『可愛らしい女の子』呼ばわりした騎士のバイクに軽々と乗り移った。その俊敏な動きに騎士たちが息を呑んだのも束の間、騎士の一人のうなじに鋭い手刀を打ちつける。
護身する暇すら与えられず、騎士は気を失ってその場に倒れた。
「さっきから子供だの女の子だのうるさいよ」
それ以上言ったら、今度はこの程度じゃ済まさないから。
底冷えするような静かな憤怒に、青野ともう一人の同僚は震え上がる。
「……なあ、お前この人のこと知ってんの?」
ひそひそと耳打ちしてくる同僚に、青野は「ああ」と小さく頷く。
「この方は元関東海域長の
「阿辻海聖⁉」
「いきなり呼び捨てとはいい度胸だね」
「ひっ、すみません!」
海聖の睥睨に男性騎士は肩を震わせる。同時に、後方からバイクの稼働音が聞こえて三者は同時に振り返った。
視線の先には、金髪ツーブロックヘアの派手な男性騎士の姿が。騎士というより軟派なヤンキーの形容がしっくりくる彼は、三者ともによく知っている人物だった。
「
「うわ、なんでまたこんなところで出くわすかな」
青野が喜色を浮かべて彼の名を呼ぶ一方、海聖は厄介者を見るような辟易した面持ちで金髪の騎士を見据えた。
「海聖⁉」
彼もまた海聖を視認するや否や、三白眼を丸くした。
海聖のバイクの隣に自身のそれを停泊させ、青海騎士団・関東副海域長の卯波航志郎は
「何でお前がこいつらと一緒にいるんだ? もしかして、こいつらがお前に何かしたか――って、あ! お前がこいつらに手を出してんじゃねえか! おい、大丈夫か赤西!」
「ああもう、うるさいなぁ」
航志郎が気絶している部下の肩を揺さぶる。海聖は両耳を塞いだまま呆れ顔で言った。
「大袈裟。ただその人があたしを可愛らしい女の子っていう舐めた口をきいたから、ちょっと痛い目を見てもらっただけ。どうせすぐに気がつくよ」
「普通はそれを誉め言葉として受け取っておくものだろ」
「あたしにとって『可愛い』『女の子』『ガキ』『チビ』は地雷だから。覚えた?」
海聖の一瞥に、二人の騎士たちはぶんぶんと顔を縦に振った。
よしと一つ頷いたところで、海聖は航志郎に視線を戻す。
「で、航志郎は何でここにいるわけ? 懲りずにまたあたしを説得しに来たの?」
「いや、俺はこいつらが海魔の急襲に遭っているのをレーダーで確認したから現地急行しただけだ。まさか、たまたまとはいえお前がいるとは思わなかった。おかげで部下は命拾いしたわけだけど」
「あんたの部下だったんだねこの人たち」
海聖が相槌を打つと、男性騎士の一人がおずおずと口を開いた。
「おれたち、騎士養成学校を卒業して一週間前に騎士団に入団したばかりで、実戦としてここの海域巡回に出ていたんです。ここからだとまだ騎士団本部も近いし、下位の海魔しか発見されていなかったから、新人が出るぶんには問題ないだろうって……」
「なるほどね。それで情報にはなかった中位海魔が出現して、おいまじかよふざけんな! あのクソ海域長、法螺吹きやがって! ってなったわけね」
「ち、違います! ……確かに、最初こそ海域長たちのことを少しは恨みましたけど、クソ海域長とまでは思ってません」
「悪かった。本当に悪かった」
航志郎は土下座をする勢いで深々と首を垂れた。
「今回ばかりは俺たち上の者に非がある。まだ新米のお前たちを危険に晒した。海域長に先んじて俺が謝罪する」
「そうだね。あたしが来てなかったら、今ごろこの人たちは海魔の胃の中だよ」
最悪な未来の結末に騎士たちは震え上がる。その表情を見て、航志郎もばつが悪い面持ちになった。
「ここ最近――というより、二十年ぐらい前から海魔の凶暴性がさらに上がってきてる。しかも今回みたいに中位以上の凶悪な海魔も頻繁に出没するようになった。これからは『ここが安全』『ここは下位しかいないから大丈夫』っていう慢心や油断が命取りになる。それはあんたたち上の連中が誰よりも自覚しとかないとダメなことでしょ」
「……ごもっともだ」
「あんたの上司に言っときな。うん百っていう命を預かってることをもっとちゃんと自重しろって」
「ああ」
「じゃ、あたしはそろそろ帰るから」
『あ、ありがとうございました!』
騎士二人が頭を下げると同時に、海聖は水上バイクの先端を自宅方面に向ける。
「海聖」
航志郎に呼ばれて、海聖は振り返る。
「本当に、騎士団に戻るつもりはないのか?」
彼は真摯な面様でそう問うてくる。が、海聖は心底うんざりした面差しになって吐き捨てるように返した。
「ほんとにやめてくれない? 迷惑だから」
「だけど、
「あのじいさんがのさばってる限り、あたしは絶対に戻らないよ」
航志郎の言葉を遮って、海聖は語気を強めて言う。
「あっさりと人の命を切り捨てるような外道の下につくぐらいなら、死んだほうがマシ」
「海聖……」
「じゃ」
それ以上の干渉を許さないかのように、海聖はエンジンを起動させて颯爽と去っていった。瞬く間に小さくなっていくライバルの背に、航志郎はしばらく痛切な視線を寄せた。
「卯波副海域長」
「ああ、悪い」
青野に呼ばれて、航志郎は部下たちに向き直る。
「本部に戻るぞ」
『はっ!』
「赤西、起きろ」
気絶した騎士が目を覚ましたところで、航志郎たちは部下を引き連れて拠点めがけてバイクを走らせた。
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