第6話 処女喪失と焦り
片岡さんにたどりつくまで、たくさんの失敗があった。
初体験は十九歳だった。それが早いのか遅いのかはわからない。男の人との恋愛にはどうしても興味がわかなかったけれど、セックスへの焦りはあった。まわりの女の子たちの経験話しを聞くと、自分もはやくそのラインを超えたかった。
看護学生のころ、夏休みにクラスメイトからバーベキューに誘われた。その先で知りあった男だった。
清水は、茶髪にピアスを開け、軽いノリのある気さくな男だった。七つ年上で、にこにこ肉を焼きながら、「最近、若い子のあいだでは、どんなのが流行ってるの?」と人懐っこく話しかけてきた。
「私、流行ものとかよくわかんないんですよね。ユーチューブで模型の組み立てるのとか眺めてます」と答えたら、「まじかぁ」と大袈裟に笑った。
「ちょっと他の子と、オーラが違うと思ったんだよ」清水が焼けた肉をタレにつけ、サニーレタスを巻きつけほおばった。指先から肉汁やタレが腕をつたって肘のほうまで滴っていく。それを指先ですくって舐めてやった。
「華憐ちゃん、ちょっと露出しすぎじゃない?」
清水がふざけて肩に腕をまわしてきた。ああ、自分にその気があるんだと明確に思った。だから、いいよ、と耳元で言ってやった。いつだったか、ちょっとエッチな雑誌で見た漫画のワンシーンみたいに。
清水は「えっ、なに、なに?」と大仰に驚いてみせたが、バーベキューが終盤にさしかかるころにはすっかりその気になっていたようだ。家まで送っていくと言いだした。私は友だちもほったらかして付いていった。
車のなかでしようとしたので、はじめてだからシャワーくらい浴びたいと伝えると、清水はまた仰々しく「処女だったのぉ」と驚き、嬉しそうにラブホへ車を走らせた。
問題は、ここからだった。
少しも気持ちよくないのだ。
エッチな雑誌でもビデオでも、出てくる女はみんな甲高い声で喘いでいるというのに、この肉体からはそうした声がとうてい出そうにない。清水も清水で私の体をまさぐりながら私の割れ目を確認し、「緊張しなくていいんだよ」とか「処女じゃ、怖いかもしれないね」とかぐだぐだ言うのでなおのこと興ざめしてきた。濡れない膣に唾液をつけて無理やりペニスを挿れようとした。けれども私の体はそれを受けいれようとしない。
清水は部屋に備えつけられていた自販機から、ローションと書かれたボトルを購入した。「これをつければ、気持ちよくなるよ」と言って、私の割れ目にぬりたくった。ようやく清水のペニスは私のなかに入ったらしい。らしいというのは、清水のペニスは小さくて、少しも痛くなかった。清水が私のうえで上下に動いても、「イク」と言ってペニスをぬいても、あっけらかんとした感じしかなかった。処女を喪失したという気にはぜんぜんならなかった。
私はすっかりしらけた。清水からはしばらくLINEが着たけれど、ぜんぶ無視した。
やはり、私は男がダメなんだろうか。私は、女のなりをしながら、女ではないのだろうか。ふつふつと、不安と焦燥がやってきた。いつか、ひとり歩いた逢魔が時を思いだし、泣きたくなった。
こうした焦りを、どうしたらいいか分からなかった。誰かに相談したかったが、どうしようもなかった。
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