ねじれた果肉
川口 いちじく
第1話 好き
好き、という感情は、はじめは予感のようなものが後頭部のあたりにぴくりと起こり、それが助走をはじめ、やがて実感につながっていく。そんな感じだ。
西野さんを好きだと思った瞬間は、そんなふうだった。西野さんがこちらを見てにこりと笑ったときのえくぼのできるのとか、心地よいトーンで話す口調とか、そうしたなにげない動作がじんわり胸に広がっていくようだった。たまに週末の夜勤のときにメガネをかけているのも、すごく似合っていた。
看護師の仕事はシフト制で、日勤と夜勤とに振り分けられるから会えるのは毎日ではない。勤務がいっしょの日は、すごくラッキーだ。
せわしない、秒で動かなくてはならない職場なのに、西野さんの口調はいつもやわらかで穏やかだ。だからといって、とろいというわけでは決してない。その穏やかさのなかに芯のように揺るがない強さを漂わせているところが、すごくいい。
ああ、これはきたなと思った。思った瞬間から、ひきずりはじめた。好きだと打ち明けることは、私にとってとてつもなくハードルが高い。
こんな私では。
仕事はいい。忙しければ忙しいほど、いい。
自分のことをなにひとつ考えないでいられるから。
忙しさにのまれて疲れて帰れば、あとは食べて風呂に入って寝るだけだ。
私が怖いのは、ひとりになること。
しんと静まりかえった部屋で、ひとりきりになること。
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