Sランク冒険者の『緋色の剣姫』だけど、勢いで身売りされた令嬢を買ってしまった

笹塔五郎

第1話 可愛い女の子とイチャイチャしたりえっちなことがしたい

 ――『緋色の剣姫』の異名を持つ少女がいる。

 少女の名はネル・コートン――異名はその髪色と剣士としての圧倒的な実力から由来しているもの。

 ネルは冒険者であり、そのランクは最高位である『Sランク』だ。

 そのレベルともなると任される依頼のレベルもトップクラスのものばかりだ。

 ネルは多くの人々からも信頼されており、冒険者としては順風満帆な人生を送っていた。

 ――ただ、一つだけ問題がある。


(……可愛い女の子とイチャイチャしたりえっちなことがしたい)


 見た目は可愛らしい少女のネルであるが、そんな願いを持っていた。

 否――正確に言えば、元々は普通に恋人がほしい程度の願いであったはずだ。

 冒険者という仕事は日々危険と隣り合わせで、毎日の生活に癒しを欲する者もいる。

 ネルの場合も同じで、その対象が女の子というだけ――なのだが、『Sランク』という立場は中々近づきがたいものがあるようで。

 釣り合わない、恐れ多い――そんな風に思ってしまうのだろう。

 故に、十八歳になった彼女には未だに付き合った相手もいない。

 一度だけ、好みのタイプのギルドの受付嬢にそれとなく告白したこともあるが、「冒険者の方とそういう関係になることはできないんですよ」と振られてしまった。

 それから、ネルは誰かに告白したことはない。

 けれど、そんな日々を送っていたら鬱憤も溜まるもの。

 ネルは一つの決意をして、とある場所にやってきていた。


「……」


 ローブに身を包み、フードを目深に被ったネルがやってきたのは――娼館の前。

 この辺りは娼館通りとも呼ばれるくらいに娼館が多く、冒険者だけでなく貴族も含めて利用されていた。

 なるべく高い店であれば、利用者情報についても守ってくれる。

 ――そんな風に聞いて、ネルは正体を隠して娼館へとやってきたわけだ。

 お金だけなら十分にある――可愛い女の子とイチャイチャするために、ネルはついに大人への一歩を踏み出そうとしていた。


「……よしっ」


 小さく決意を固めたように呟くと、ネルは一歩を踏み出す――その時、


「――は、離してくださいっ」


 そんな声が耳に届いた。

 すぐ近くの路地裏からだ――ネルは娼館に入るのをやめ、そちらの様子を確認する。

 ――そこには一人の少女が、男二人組に絡まれていた。

 少女は美しく艶のある黒髪に端正な顔立ちをしていて、立ち居振る舞いには気品を感じさせる。

 ただ、身に纏う衣服な布地が随分と薄いもので――おそらくは娼館関係者であることは明白だった。


「いいじゃねえか。俺達が買ってやるいって言ってんだ」

「あ、相手は私が選んでいいと言われていますから」

「客をえり好みするような立場なのかよ? まあ、確かにこの店は高いからな――だが、俺達も金ならあるぜ?」


 ならず者かと思ったが、二人組は確かに金を持っているようだった。

 娼館におけるトラブル――ネルには関係のないことではあったが。


「ほら、こっちに来い――っ!」


 少女の手を掴んでいた男の動きが止まる。

 その首筋に、ピタリと剣先が触れていたからだ。


「やめておきなよ。彼女、嫌がってる」

「なんだ、てめえは……?」


 二人組の男は動揺した様子を見せない――少しでも動けば突き刺せる距離ではあるが、それなりに腕に自信があるのか。


「おい。剣を抜くってのがどういう意味か分かってんのか? 俺達は傭兵稼業をやってんだぜ」

「ここは戦場じゃねえが、殺し合いも経験してる。死にてえのか?」


 一切怯むような様子を見せず――威圧してくる。

 さすがにネルも少女を助けるつもりで割って入ったが、いきなり斬りつけるつもりはない。


(……仕方ないか)


 ネルは小さく溜め息を吐くと、フードを外した。

 瞬間――男二人の表情が変わる。


「て、てめえは……!?」

「『緋色の剣姫』……!?」


 ――ネルの顔を知っているようで助かった。

 知られていなかった場合、素顔を見せたところで意味がない。

 けれど、ネルは傭兵などにも広く知られている――こういう場面で、知られているというのは役立つのだ。


「私はどっちでもいいんだけど……殺し合い、する?」

「――」


 ネルの言葉を聞いた瞬間、男は少女から手を離した。


「す、すまねえ! そんなつもりはなかった……! あ、あんたの女だったのか?」

「えっ、いや――」


 否定しようとしたが、ここはそう言った方が話も早いかもしれない。


「うん、そうだよ」

「! す、すぐに消える。見逃してくれ……!」


 男二人は慌てた様子でその場を去っていく――殺し合いなどするつもりはなかったが、脅しは上手くいったようだ。


「さてと――大丈夫?」

「あ、ありがとうございます。助けていただいて……」


 少女はネルに対し、頭を下げて礼を述べた。


「いいよ。偶然だったし。ああいう輩もこの辺りには多いみたいだし、気を付けてね」


 そう、あくまで偶然――ただ、こうして正体を表立ってバラしてしまった以上、今更娼館には入りにくい気がした。

 ――仕方ないので、今日のところは帰ろう。

 そんな風に考えてその場を去ろうとした時、


「お、お待ちください!」


 不意に少女に呼び止められた。


「? まだ何か?」


 ネルが振り返ると、少女は頬を少し朱色に染め、視線を泳がせながらも――やがて意を決したように言い放つ。


「私のことを買っていただけませんか……!?」

「――え?」


 ――あまりに突然の提案に、ネルは間の抜けた声を漏らしてしまった。

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