ウニの魔法少女

トッタネスカ

ひょんな事から編

第1話前 ピンチでもないけど大チャンス!


 この世界には魔法少女が飽和している


***


 「第一次空魚侵攻」

 2010年代初頭、太平洋には降った。それは大きくて透明な球体だった。それは太平洋の海上で動きを止めると、数分のうちに青黒く染まり、形を変えた。まるで数百の景色を同じ画用紙にスケッチしたかのように、見知った魚たちの体を滅茶苦茶に繋いで構成された全く知らない形が出来上がった。当時の科学兵器は一切通用しなかった。


 「第二次空魚侵攻」

 やがて球体だったものから無数の魔物が産み落とされ、全国各地に飛来。特に人の多い都市部に魔物は集中した。


 翌日、2つ目の球体が降ってきた。こちらは着水後無数の妖精になった。妖精たちは魔物を駆除しに派遣されたと地球の言語で説明した。紆余曲折ののち彼らは地球人に「魔法」の技術を提供した。


 数年の研究と法整備と技術進歩の末、魔法のステッキによる制御で魔法少女システムが開発される。


 以来10年以上経った今でも魔物と魔法少女は20:1くらいの割合で跳梁跋扈している。


***


「とは言ったものの、だよな〜」


 潮風にミディアムショートの黒髪が揺れる。岩ヶ瀬がんがせ真鈴ますゞはそう言って現社の教科書を閉じた。

教室の窓の外を見る。のどかな海岸と潮の香りが広がっていた。


 ここ汐路逢浜しおじあいはまには滅多に魔物は出ない。シンプルに人口が少ないから襲うものがほぼ無いのだ。故に魔法少女も街の駐在さんくらいの数で事足りている。つまり地元の高校に通ってる普通の女の子には魔法少女など縁のない話なのだ。


「つくづく田舎って夢無いよなあ…」


 地球人の魔力適正はなぜか十代女子が高いらしい。上京する頃にはもう魔法少女の適正年齢は過ぎている。岩ヶ瀬は深くため息をついた。


「ガゼちゃん〜もう下校時刻だぞ〜」


 岩ヶ瀬が声の方を振り返ると同じ夏服の女子がいる。万田まんだ沙羅さら、生徒数の少ない桶丸第三高校おけまるだいさんこうこうにおいての数少ない真鈴の友人だ。


「まだ四時でしょ?沙羅」


「なんか不審者がどうので下校時間早くなったって先生が朝言ってたじゃん」


「あー…言って…たっけ?」


 全くと言って良いほど身に覚えがない。


「さてはガゼちゃん、寝ぼけてたな?」


 沙羅はそう言って悪戯っぽく笑う。


「うるへー朝弱いんだ私は。」


 そう悪態をつきながら教科書を鞄に仕舞う。

 それを横目に見て沙羅が思いついたように口を開く


「ガゼちゃん帰りアイス食べよ〜」


「不審者は?」


「いたら大声あげて逃げよう」


「おっけー」


「じゃあ下で待ってるから、早くしないとアイス二本食べちゃうぞ真鈴氏ますずし〜」


 そう言うとカバンを持って沙羅は廊下を歩いて行った。


「人を富山の押し寿司みたいに呼びやがって」


 そう独り言を呟いて岩ヶ瀬は急いで鞄に荷物を押し込んだ。


 ***


「じゃあこの辺で」


「また明日ね」


 そう言って沙羅と別れた後、岩ヶ瀬は海沿いの堤防を歩いていた。夏の16時半の斜陽は未だ沈む気配を見せない。人気のない堤防に波の音だけが響いている。


「…ん?」


 波打ち際に猫ほどの大きさのトゲトゲしたものが動いていた。


「でっかいウニ?」


 おそるおそる手を近づけてみる。


「あ、その辺は毒があるから迂闊に触んない方が良いトゲよ」


 トゲトゲが流暢に喋り出した


「うわっ」


思わず岩ヶ瀬は飛び退いた。


 丸っこい体に少し丸みを帯びた棘が整列し大きくつぶらな目が二つある。多分ウニだ。


「その反応は酷いと思うトゲ」


「初めて聞く語尾だ」


「キャラ付けは魔法少女の最優先事項トゲよ」


「えっ?」

 その4字に岩ヶ瀬はどきっとした。


「今魔法少女って言った?」


トゲトゲは少しきょとんとしてから答えた。

「ああ申し遅れたトゲね」


 トゲトゲはこちらに向き直ると

「僕はアーちん!魔法少女募集中の妖精トゲ。」

確かにそう言った。


 陽の光を受けた波の飛沫がいつもより輝いて見えた。

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