俺は勇者の事を何も知らない

化野生姜

A面

 …


 付き合いは長くない。

 一年ほどの旅だったからな。


 国の内外にスパイや刺客しかくもいたし。


 少数精鋭しょうすうせいえいで。

 ほとんど無名むめいのかき集め。


 【俺】も剣豪けんごうの名でのし上がろうとした。

 決闘場けっとうじょうの、いち個人こじんだったし。


 ―― 話?あまりしていないな。


 同行した女神官おんなしんかんによれば。

 女神に選ばれて召喚しょうかんされたと。


 …悪いヤツではなかったと思う。


 じゃなきゃ。

 魔王も倒せなかっただろうし。


 ただ、今にして思えば。

 どこか急いだ感じがした。


 まあ、無理ムリもない話だと思うが。

 

 …


 あないたんだ。

 

 倒した後で。

 魔王城の大広間おおひろまいっぱいに。


 王立大学の文献ぶんけんでは。

 魔王が存在する以前からあったそうで。


 …いや、か?


 ともかく鑑識魔法かんしきまほうでは。

 別空間べつくうかんつながっていると。


 その調査のため。

 【俺】と【勇者】で向かったんだ。

 

 …


 ついた先では。


 四角い建物がつらなって。

 地面は黒いものでめられていて。


 ひっきりなしに。

 てつかたまりって。


 あらゆるところから音がして。


 城下町じょうかまちでも。

 あそこまで、うるさくはなかった。


 …だが【勇者】は歩いていった。


 変わった格好かっこうをした人ばかりで。

 農民や貴族とも違って。


 うすいたをさわっている連中が大半たいはんで。

 だったか?


 王立大学の連中。

 今も実用化じつようかの研究をしているよな?


 あれ。どうなった?

 … まあ、別にいいけれど。


 …


 【勇者】は建物の一つに入ると。

 動く箱に乗りこんで。


 並んだドアのひとつ。


 音のなるボタンを押したら。

 中から、あかぼういた女が出てきて。


 あぜんとして。

 ふるえ出して。


 赤ん坊を手に。

 女と【勇者】はきあって。


 二人ともいて。


 【俺】は、邪魔じゃまだと思って。

 せきはずした。


 …で、階段で座り込んでいたら。

 【勇者】がやってきて。


 さっきの女はつまだと。


 自分はしばらく行方知ゆくえしれずで。


 ここまでの経緯けいいを。

 一緒いっしょに説明してくれと言われて。


 …あまり話さないヤツだったからな。

 正直しょうじきおどろいたのはおぼえている。


 で、見慣みなれなくも美味ウマメシを食って。

 そこに王立大学の通信も入って。


 【勇者】と奥さんと【俺】で。

 みんなで話し合って。


 あの、すまーとふぉんを頻繁ひんぱんに使って。

 色々な連中れんちゅうとも話をして。


 …


 ―― 後のことは。

 そっちの記録きろくにものこっているはずだ。


 この国と。

 向こうの世界との交易こうえき


 技術ぎじゅつ魔法まほうも。

 この数年で目ざましい発展はってんをして。


 【俺】も功労者こうろうしゃの一人に数えられたが。

 そのあつかいが、今や ――


 …


 いや、分かってる。


 これは記録だ。

 確認かくにんだ。


 間違まちがってない。

 なにも、何一なにひとつも。


 アンタらは。

 【勇者】についての情報じょうほうしいんだ。


 ガラスばんへだてた。

 この状況じょうきょうで。


 …怖いんだろ?


 何もかも。

 今と食い違うからさ。


 【勇者】が持ち込んだ。

 【汚染おせん】のせいで。


 …


 最初さいしょの記録は見つかっていない。


 ただ、ほぼ同時期どうじき

 向こうとこちらとで観測かんそくされた。


 ありないほど。

 複雑広大ふくざつこうだい建物たてもの出現しゅつげん


 人と物質ぶっしつ融合ゆうごう

 徘徊はいかいする死者。


 短期間たんきかんで、どれもが一度に起き。

 王立大学も向こうの政府せいふもパニックになった。


 綿密めんみつな調査をしようにも。


 観測かんそくすればするほどに。

 対象たいしょうはあらゆる角度で変化へんかをした。


 しまいには次元じげんのねじれと。

 毎秒まいびょうごとの事象じしょう変化へんかが観測されて。


 …つまりは。

 お手上げだったってワケだ。


 その中心が。


 【勇者】のいた場所。

 今や、特級とっきゅう隔離区域かくりくいき


 ―― ん、そもマンションではないと?


 小さなアパートで。

 【勇者】は独身どくしんだったと?


 はは。じゃあ【俺】の話はわすれてくれ。

 確かに、行くたびに変わっていたしな。


 再開さいかいして、数カ月にもかかわらず。


 女の抱えていた赤子が。

 大人になっていたり。


 墓から出てきたという【勇者】の祖父そふと。

 天井てんじょうう赤ん坊が同居どうきょしていたり。


 変わったんだ、何もかも。


 こちらも。

 あちらの世界も。

 

 謁見えっけんした王も。

 ともに戦った魔法使いの女も。


 今や、かたや女王で。


 かたや【俺】の腕の中にいる。

 ビン入りの胎児たいじだからな。


 …もちろん。


 【俺】だって、例外じゃあ無い。


 こんなガラスりの個室で。

 全員を見下みおろす形で観察されている。


 教皇きょうこうからのめいだろ?


 知ってるよ。


 あの、片田舎かたいなかの。

 教会きょうかいにいた、いち神官しんかん


 かつての。

 【俺たち】の仲間だった女。


 いつも、ホログラムでしか。

 姿すがたあらわさないだろ? 


 そのくせ。

 【俺】のような【汚染者】を。


 お前らのような研究者けんきゅうしゃ信徒しんとを使ってまで。

 血眼ちまなこさがしている。


 何でか、知ってるか?


 …ん、分かった。分かった。

 その物騒ぶっそうじゅうをしまってくれ。


 ともかく、だ。


 あの土地に行けない以上。

 【勇者】と話ができない以上。


 【俺】はヤツがここに来るまで。


 何をしてきたかも知らないし。

 知ることさえできない。


 今や、この世界の。

 すべてが変化してしまう以上いじょう


 【俺】は【勇者】について。


 何も知らないに。

 ひとしいのだから…

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