最終バスの先

神山

最終バスの先


「なあなあ、最強の怪談って何だと思う?」


「そりゃあ……、あれだよ。

 これは俺じゃなくて、友だちの兄ちゃんが体験した話なんだけど、マジでヤバいらしいんだ。

 兄ちゃん、昔、山の方にある廃線跡に探検に行ったんだって。地図にも載ってない駅があるって噂で、ちょっと面白半分で行ったらしいんだ。最初は普通の小道で、草がちょっと茂ってるくらい。でも進むにつれて、道が妙に細くなって、空気が重くなったって。兄ちゃん、『ちょっと気味悪いな……』って思ったらしいんだけど、『まあ大丈夫だろ』って進んだんだってさ。

 んで、しばらく歩いたら、ぽつんと小さい駅があったんだって。見たことない駅で、ホームも古くてボロボロ。でも、電車の音が聞こえるんだよ。カタンカタンって。

 でも、線路も電車もない。兄ちゃん、怖くなって『やばい、帰ろう』って思った瞬間、霧がブワッて出てきて、周りが真っ白になったらしい。

 声を出しても返事が返ってこないし、歩いても歩いても景色は変わらない。方向感覚もなくなって、気づいたらさっきの駅も見えなくなったんだって。もうマジで『終わった……』って思った瞬間、後ろから『もう遅いよ』って、低くて冷たい声が聞こえたらしい。振り向いたけど誰もいない。

 結局、兄ちゃんはどうにかして家に帰ったらしいんだ。でも、時計の針もおかしくて、歩いた時間が全然合わなかったんだってさ。

 それ以来、兄ちゃんは『夜になるとカタンカタンって音がする』って言って、ちょっと震えてた。俺はもう、聞いただけで背筋がゾッとして、もう絶対あの山には行かないって思ったんだ……」


「ふーん。でもさ、最近だとGPSもあるから迷うとかなさそうだけどな。

 それに、要は近付かなきゃいい訳だろ? 最強には程遠いな」


「うーん……、だったらこれは? これは俺のいとこが体験した話なんだ。

 いとこ、夏休みにおばあちゃん家に泊まってたんだって。夜になって、ちょっと外に出てたら、田んぼの向こうの方で何かが揺れてるのが見えたらしい。最初は風で草が揺れてるだけだと思ったらしいんだけど、よく見たら……それ、人間の形じゃない、すごく変なものがグネグネ動いてたんだって。

 動きがめちゃくちゃ不自然で、体が曲がりすぎてたり、伸びたり縮んだりして、まるで生き物じゃないものみたいだったらしい。いとこは声も出せず体が固まった。じっとしてるだけなのに、こっちを見てる気配が半端なくて、胸が押しつぶされそうで息もできない感じだったって。

 それで怖くなっちゃってさ。すぐに引き返したんだけど、その影みたいなものも少しずつ、離れない感じでゆっくりと近づいてきてて……。いとこ、全力で走って家に駆け込んだら、影は田んぼの端っこで止まったらしい。でも窓から見ると、まだ揺れてるんだ。生きてるみたいに、ニヤッとしてるようにも見えたってさ。

 翌日、田んぼを見に行ったら、草がねじれて、グネグネが通った跡みたいになってたんだって。

 それ以来、いとこは絶対田んぼの近くに行かないし、夜になるとまだあの影が待ってる気がするって言ってる」


「……いや、このご時世に、田んぼで待ってるだけなのそいつ。そんなので誰が引っかかると思う? それに、望遠カメラ使えば鮮明に映るだろうし一発でバレね?

 大体さぁ、そういうのって見間違いだろ、どうせ。先生も言ってたじゃん。幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってね」


「それを言われると自信がないんだけどさ……。あ、じゃあ、これはどう?

 いとこの友だちの兄ちゃんが体験した話なんだ。兄ちゃん、夜に田舎の一本道を自転車で帰ってたらしい。真っ暗で、街灯もまばら。虫の声もなくて、ペダルをこぐ音だけが響いてた。で、途中で気づいたんだって。後ろから、“カラ、カラ、カラ”って音がついてくるのに。最初は自分の自転車の音かと思ったけど、止まってもまだ鳴ってた。

 怖くなって振り向いたら、道の先の方に、背の高い女の人みたいなのが立ってたらしい。街灯の光にかすかに照らされて、体が細くて、足が長すぎて、まるで宙に浮いてるみたいだった。動きがスーッと滑るようで、体が曲がってるのかまっすぐなのかもわからない。

 そして、そいつが口を開いた瞬間“カララ、カラララ……”って、壊れた風鈴みたいな音を出したんだって。声じゃなくて、音。耳の奥に直接響く感じで、距離も方向もわからない。逃げようとしても、音が右から聞こえたり、左から聞こえたりして、どっちにいるのかわからなくなる。

 兄ちゃん、必死にペダルを漕いで、家の門までたどり着いた時には、もう涙が出てたって。振り向いたけど、何もいない。でも、音だけはまだ耳の奥で鳴ってた。“カラララ”って。止まらない。寝ても、夢の中でまた聞こえる。近くで、誰かが小さく鳴らしてるように。

 次の日、あの道を見に行ったら、舗装の端の砂利が細長く削れてて、まるで何かが引きずられたみたいになってたらしい。近所の人が言うには、昔そこには風車を作ってた工場があって、事故で誰かが巻き込まれて亡くなったんだってさ。けど、兄ちゃんが聞いた“カララ”は、風車の音じゃなくて、呼ばれてた感じだったって」


「へぇ、そんなのもいるんだ。でもさ、カラララって音出して近づいてくるって……ちょっと想像してみたら間抜けすぎない? なんというか、意味不明すぎて怖いというより混乱するよ。それに、そいつ自身がどうしたいかも良く分からないよね。ほら、怖がらせたいのか、自分がかっこいいと思ってるのか」


「いや、まあ、うん。俺も話しながらそう思ったけどさ。あー、じゃあ、これならどう?

 四国の山奥に『見返り橋』っていう小さな橋があって、渡るときには絶対に振り返ってはいけないと言われているらしいんだ。振り返ると、橋の向こうから白い着物の女性がゆらりゆらりと近づいてくる。欄干や草むらから無数の白い手が伸びてきて、引きずられそうになるなんて噂もあるんだ。

 しかも奇妙なことに、この橋には自然と振り返らせる仕掛けがあるんだって。

 たとえば、風がほんの少しざわつくたび、後ろから『ふっ』と冷たい気配が漂ったり、足音が自分の少し先を追い越していくように聞こえたり、目の端に白い影がチラリと映ったりして、渡る人は無意識のうちに振り返ってしまうらしいんだ」


「ちょっと待てよ。禁止されてるから振り返りたくなるのはわからなくもないけど、さすがにその幽霊、自己主張が強すぎない? 無理矢理そういうのやってきたら、なんか別の怖さになって、怪談というよりもちょっと……。ジェイソンぽいというか。

 それに、それって絶対に後で行方不明になるとかそういう類のやつだろ? そういうのは怖い話じゃなくて事件扱いになっちゃって警察案件だよ。絶対に大事おおごとになって、全部がバレるから弱いと思うな」


「…………うーん。まあ、確かに。いわれてみれば、そうかもしれないけど。

 あ、じゃあこれは? 沼のほとりを歩いていたら、自分とまったく同じ人間が現れるんだ。見た目も声も性格も思い出も全部そっくり。でも君はそこにいない。コピーが君の代わりに歩く。つまり、怖いのは幽霊じゃない、生きている完全な『自分』で君は君のままじゃいられない。

 どこにいるかも分からないし、誰も助けてくれない。振り返っても遅い、居場所は奪われる。


 哲学者はこれを『スワンプマン』って呼んだんだって。


 でさ、最近うちの近所のお姉ちゃんが変なんだよね。どこが変かって言うと、まず顔がちょっと灰色っぽくて、肌のツヤが違う。笑ってても目だけ笑ってなくて、目がどこ見てるのかよくわかんないんだ。手の指がふにゃってしてて、触ると少しヌメッとする。声も前よりおかしくて、話すときに空気が引っかかるような、ぶよぶよした間があるんだ。

 それに、匂いもなんだか変で近くにいると湿った藁みたいな匂いがするって母さんも言ってた。夜になると、ふと台所の方からかすかな水音みたいなのが聞こえることもある。後は、お姉ちゃんが通り過ぎると、その後に小さな泥の跡みたいなのが残ってることすらあって、誰も掃除してないのに床が少し濡れてるんだよね」


「へー、なるほどな。その姉ちゃんは、もしかしたら入れ替わってるかもしれないのか……。確かに、それは結構怖いな。ちょっとコピーの精度には物申したいけど、日常に溶け込んでる訳だもんな。

 でも、さ。その姉ちゃんは沼に都合よく近づいた訳じゃん。仮にそうするしか方法がないんだとしたら、遭遇確率めちゃくちゃ低すぎるんじゃね?」


「いや、それは、ちょっと……、正確な情報は分からないんだけどさ。

 だったら君ならどうなの? さっきから俺ばっか話してるけどさ。これぞ、最強の怪談! っていう話がある訳?」


「そりゃ、うーん。そうだなぁ……。 あっ! 今までのお前の話を上手く変えれば、最強になるんじゃね?」


「変える、てなると。つまり、わかりやすい音とか声、姿を出さずに、そっと日常の中に潜んで誰にも警戒させず。そして、振り返ったらもう自分の居場所を奪われてるやつ、てこと?」


「そうそう。それで、口裂け女やトイレの花子さんみたいにメジャーな女の幽霊じゃなくて、僕たちみたいな男ならさらに油断を誘えるって訳だよ!」


「なるほど! それならまさしく最強だね!」







――やれやれ、子どもはこういう都市伝説が本当に好きだな。


 それにしても最強とか決めるのは凄くバカっぽいけど……、なんというか全てが真剣だったよなぁ。そういえば、俺も昔なにが強いとか、面白いとか考えてたよな。今みたいに、ああでもないこうでもないって言い合って。懐かしいなぁ。


 しかし、まあ、子どもは無邪気だし気楽で良いよなぁ。羨ましい。

 朝早く起きて上司に怒られながらも仕事して、結局は残業させられて、終電ギリギリに飛び乗って、こんな最終バスに乗ることもないし……。


 ああ、明日、というか今日も仕事かぁ。

 朝早くから会議だし、家に帰ってから書類をまとめないと。ああ、子どもの頃に戻りた―――。






 ……あれ? なんで、こんな深夜に子どもがバスに乗ってるんだ?















「ほらね、引っかかっただろ?」



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